エンパワメントされない、ジャニオタについての話

私は12歳の時から23歳の今に至るまでずっと誰かしらのジャニーズアイドルが好きだ。自担のいない時期もあったし、中高生の頃は在宅、大学1〜3年生までは茶の間だったから、私がその間ずっと「ジャニオタ」であったと言うと、少し語弊があるかもしれない。けれど、どの時代も私は、ジャニーズアイドルなしには生きられなかった。切実にジャニーズアイドルが好きだった。亀梨和也が、堂本光一が、錦戸亮が、宮近海斗が、いなかったら生き抜けなかった。何を? 資本主義社会を。

大学生になって、自己紹介で「趣味:アイドル」と書いていた頃、小さな悩みがあった。
「アイドル好きなの? 私も乃木坂好きなんだよね」とか「FTISLANDだったら誰が好き?」と話しかけてもらえたとしても、彼女たちの好きなアイドルのことが私にはわからないことが悩みだった。
私はジャニーズ以外のアイドルに自担を作れなかった。
何度かハマろうとしたことはある。東方神起が好きな友達にCDを貸してもらったり、乃木坂工事中を見てみたり、最近もハロプロにハマれないかと思ってYouTubeを漁ってみたりした。けれど、ハマれなかった。ジャニーズのアイドルには何度もハマっているのに、その度に新鮮な新規ハイを味わうのに、それ以外のアイドルには自担ができない。また、アイドル以外にもフットボールアワーの後藤さんに唐突にハマったり、漫画やアニメにハマったりはしたが、自担と呼ぶまでハマれたことはなかった。

ところで私が、ジャニーズを好きになる前から一つだけ目指していた生き方がある。
それは、「一人で生きていける大人になる」ことだった。
そのためには、私は大企業に入ってバリキャリにならねばならなかったし、早慶に入らねばならなかったし、目先のテストで10位以内に入らなければならなかった*1
そう信じきっていた。また、それは一部、正しかったとさえ思う。
私は、このコロナでの「家」への監禁状況下を、一人暮らしの部屋で迎えることができた。それは私が高校生の頃定期テストで10位以内をキープしていたからだし、志望大学に入学し、留年もせず卒業し、大企業に入ったからだった*2私は「一人で生きていける」という女にとっての贅沢品を、10年かけて手に入れた。

「一人で生きていける大人になること」は、つまり、結婚しないで生きていける女になることであり、また、資本主義の駒として一人前になることだった。
中学1年生から大学4年生までの10年間、私は資本主義の駒として一人前になる準備をしていた。

その支えは、ジャニーズ以外にはなかった。

ジャニーズのアイドルは最悪な世界を生きている。
山下智久のような、平野紫耀のような完璧顔面の人間以外は、「ブス」と言われる可能性がある。(この辺りに関しては「ブス」と言われているのをあんまり見たことがないという意味で挙げてます)
CDの売り上げで初週オリコン1位を取れなきゃ「事務所のお荷物」と言われるし*3、ドラマを主演すれば「視聴率最悪でがっかり」のような見出しをつけてサ◯ゾーに記事を書かれる。バラエティに出れば、場の雰囲気を読んだもんがちで、オネエタレントは笑うべき相手だし、ジャニーズWESTはキンプリをうらやましがらなきゃならない。

女が好きなものだから、ジャニーズは常に低俗なものだ。V6の解散が報じられたとき、悪意のないおじさんの「アイドルなんてその年でやっていたくなかっただろう」という旨のツイートを見かけた。
それがどんなに愛おしくて大切な時間だったかも知らないくせに。
オタクが彼らと重ねてきたあの時間は、呼びかけあって、分かり合えなくて、泣いたり、笑ったり、一緒に生きてきたあの時間は、なぜ、「その年でやりたくなかっただろう」と言われなきゃならないのか?

例えばSFと百合が共存できて、SFとBLが共存できないと言われたように、その演じ手は男であるにも関わらず、ジャニーズは「女が好きなものだから」、ホモソからしたら低俗なものなのだ。アイドル文化が低俗なのではなく、「女が好きなものだから」、ジャニーズが低俗なのである。
そして、私たちの代わりになって、ジャニーズのアイドルたちはその矢面に立つ。
ホモソからの蔑視を受け、それでもアイドルという役割(資本主義の駒としての役割)を引き受ける姿を見て、なんとか私は生きてきた。私もそれを引き受けなきゃならないと思わなきゃ、こんなクソみたいな世界を生き抜くことができなかったからだ。私は一人で生きていける大人になれなかったからだ。

ジャニーズのアイドルたちは、この最悪な資本主義の理を肯定する。
絶対に私たちをエンパワメントしたりしない代わりに、この資本主義社会で何くそと歯を食いしばりながら生き抜く姿を見せてくれる。

見た目をジャッジされ、売り上げで人間としての価値を測られ、性的に消費される。
時にジャニーズのアイドルたちは私たち自身だ。

ハロプロや、K-POPのオタクを見ていると、「いいな」と思うことがある。
ジャニーズよりずっと彼ら・彼女らの環境は倫理的に見える。私がこういう話(資本主義とか政治とか)の話をする時、いつだってジャニオタに語りかけているつもりなのに、なぜかK-POPオタクの界隈で拡散されることが多い。BTSは国連でスピーチをしている間も、ジャニーズはいつまで経っても24時間テレビを手放そうとしない。
ハロプロにはアンジュルム和田彩花さんがいた。きっとそれ以外にもいるんだろうけど、浅学のため彼女のことしか知らない。彼女はジェンダーフェミニズムに関する発信を続けている。一方でジャニーズでは、例えば川島如恵留さんが「いろんな愛の形がある」と言って『名脇役』をゲイの片思いとして描いたのがオタク内で賞賛されていたが、「いろんな愛の形」って、それ、同性愛を映画化する時のヘテロ俳優の常套句じゃん、と私は思ってしまった。それでも彼はジャニーズの中では『先進的』な方だ。

そんな最悪ホモソことジャニーズは、しかし、今の社会をそのまま映している。私たちが生きていかねばならぬのは、容姿をジャッジされ、給与で人間としての価値が決まり、性的に消費されてもふふふと微笑まねばならない世界であり、決してエンパワメントしてくれる人たちが目指すような美しい世界ではない。少なくとも今の時点では、そうではない。

世界は変わってほしいし、いつかは変わるんだろうけど、たぶん今すぐには変わらない。
また、女性蔑視については時が経てば今よりマシになるとしても、資本主義に代わる体制があるとは、今のところ私は思えない。
だからあの最悪ホモソを批判しながら、しかし最悪ホモソに生きるアイドルたちに自分を重ねて、「元気をもらって」生きるのが私には精一杯なのだと思う。何しろこれから先も私は一人で生きていくために、人より多く仕事をして、酔って倒れこんできた上司を笑って許して、そうやって自分の食い扶持を守らなければならないのだから。一生この呪いはついて回るのだから。

 

 

2021/4/29
スズキアイコ

*1:ちなみに公務員という道もちょっと考えていたんだけれども、公民の授業で公務員には憲法遵守義務?かなんかが人より重く課せられていると聞いて、政府を全く信用していなかったので、「え〜なんかヤダ」と思ってやめた。

*2:なお、この大企業に入るという言葉には、「女として一人前の見た目になる」ことも含む。私はブスから美人になるためではなく、社会に害がない存在であることを示すために化粧をする。私にとって化粧は「いい年こいてすっぴんで会社に来るような“ヤバイ”女じゃあないですよ。私はあなたたち社会の仲間ですよ」という意思表示であり、身を守る鎧だ

*3:今はハードルがそれ以上に高いことも理解はしている