jonny's 関ジャニ KAT-TUN

アイドルだった錦戸亮さんへ

わたしが錦戸亮さんをはじめて好きになった瞬間についてはよく覚えている。それはもう8年前の、おそらく秋口、今より少し前の時期だったと思う。わたしは中学2年生で、同じようにNEWSというグループが好きな友人と地元のターミナル駅の改札前で待ち合わせていた。その友人は、現在は親友と呼ぶことができないでいるけれど、当時はわたしの親友で、彼女は時間にルーズな方だったが、わたしはその頃からすでに待ち合わせには必ず10分前に待ち合わせ場所にいないではいられない人間になっていた。
当時のわたしは心の底から音楽に興味がなく、今もそれはそう変わっていないが、とにかく自分でCDを買って曲を聴くという習慣がなかった。けれどいっちょまえに中学入学祝いに買ってもらったピンク色のウォークマンを持て余していて、1年生の頃はよく別の友人にそれに「好きそうな曲」を入れてもらっていた。確か、レミオロメンのベストとか、オレンジレンジとか、あとは、そうだ、関ジャニ∞の曲も入っていたように思う。「LIFE~目の前の向こうへ~」はわたしも見ていたコメディドラマの主題歌で、だから彼女はそれをわたしのウォークマンに入れてくれたのだった。
話が逸れた。
とにかく、音楽に明るくなかったわたしは、当時初めて好きになったアイドルという存在に夢中になり、その音楽を繰り返し聞いていた。そしてその当時のわたしは、アイドルは箱で推すものだ、という規範に従順に従っており、ソロを含む全曲をシャッフルで再生していた*1
待ち合わせに、元親友はいつも遅れてくる。わたしは入れ替わり立ち代りで消えゆく人の中で邪魔にならないように柱に寄りかかり、彼女を待っていた。その時に流れてきた曲が、錦戸さんの「ordinary」だった。その曲を聞いたことがなかったわけではなく、あるいは錦戸さんが作詞作曲した曲だ、くらいの知識はいれていたのに、その瞬間に衝撃が走ったのだった。それは、わたしが生まれて初めて音楽に特別な感情を抱いた瞬間だった。その景色もその雑踏の音もいまだに鮮明に思い出せる。身体が今までに感じたことのない感情に困惑していた。世界が塗り替えられたような瞬間だった。その雑踏にあまりにその曲はふさわしかった。なんというか、その曲がわたしだけのもののような気がしていた。
それから、わたしは自担ではない錦戸亮という人間を少しだけ特別な位置に置くようになった。
メンバー全員がグループとファンへの愛を綴ったShareの「混ざりあえない日はそのままでいい 鮮やかなマーブル描けばいい」という歌詞が好きだった。codeの「誰かに誇れる僕でいられるかな」という言葉は今もわたしの生活の軸の一つだ。錦戸さんは、おそらく、世界が他のメンバーよりよく見えていると思った。賢い人だとおもった。彼の紡ぐ言葉が好きだと思った。
そして、2011年10月7日という日が来る。
その日に錦戸さんは山下さんとともにNEWSを脱退した。その日は大切な試験の前日で、もう寝ようとしていた時だったが、友人たちからメールが入り、覚えたてのパソコンでニュースを検索した。布団にくるまって、ショッキングピンクウォークマンTSUTAYAで買った安いイヤホンをつないで、「星をめざして」を聞いた。「また会いましょう」って言ってたじゃん! 「繰り返さないよ もう二度とは同じ過ちを」って言ってたじゃん! とわたしは泣いた。でもわたしはその時にだってうっすらどこかで気づいていた。錦戸さんは嘘はついていないのだった。また会いましょうと言ったのは錦戸さんではなかったし、NEWSの犯した過ちというのは未成年飲酒だったから、錦戸さんと山下さんの脱退にはなんら関係なかった。
山下さんには失望する気持ちが当時は強く、悲しさの全ては錦戸さんの方に持っていた。錦戸さんは一度だって嘘をつかなかった。ずっとNEWSでいるなんて言葉にしてくれたことはなかったし、それでも今錦戸亮はNEWSでいるし、それを愛してくれているということがわたしにはあまりに大切だったのだった。
それからわたしはしばらくして他のグループを好きになって、そのグループに狂うことになるが、その間も、関ジャニ∞だけは地雷だった。錦戸亮がNEWSではなく関ジャニ∞を選んだということがずっと受け入れられなかった。また当時クラスメイトだった関ジャニ∞のファンに「当たり前じゃん」と言われたことも大きな心の傷になった。多分、死ぬまで忘れない。お前だぞ、中3のとき出席番号8番だったお前だ。
錦戸さんのことは嫌いになれなかった。嫌いになる理由がなかった。山下さんがNEWSを抜けたことについて自己弁護ともとれるような言葉を紡いでいたのに対し、錦戸さんはずっと沈黙を守った。2012年にNEWSの再始動が決まった頃だったろうか、錦戸さんはその時に初めてほんの一言だけをくれた。「もう僕は何もいうべきではないけれど、頑張ってほしい」というような言葉。それにどれだけわたしが、わたしという個人が救われたかわからない。7年以上経って覚えているんだから、それだけ心に響くものがあったのだろう。

わたしがNEWSというグループを好きになってから、ジャニーズを好きになってから、7年と半年が経過した昨年、ある出来事によって自我を持ち始めつつあったわたしは関ジャニ∞というグループに出会う。それは、本当にいつも通りわたしはアイドルにハマるのと同じ経路で、横山裕さんの「絶対零度」でのお顔があまりに出来上がってて、気になって立ち読みしたananの大倉さんの顔とインタビューがまた好みだった、とかそういう手順だった。関ジャニ∞というグループは、わたしがNEWSで経験したあともKAT-TUNで2回経験した脱退を経た直後だった。脱退者が出た後のグループは良くも悪くも不安定になる。わたしは地雷だと思っていた関ジャニ∞のその先を知りたくなって、しばらく情報をなんとなく追いかけた。
まあアイドルなんてちょっと好きだと思ったらそのあとは転げるしかないわけで、2019年1月にGR8ESTのDVDがでた時にはもう「担当」という言葉を使っていたと思う。でもその当時は便宜上横山さんの顔が一番好きだと言っていたけれど、担当における人間はいないと思っていた。わたしにとって亀梨和也という人間と堂本光一という人間があまりに大きすぎて、それを超えるような熱量で人を好きになることなどもうないと思っていたのだった。
まずは確か、Blu-ray盤を買ったのだと思う。特典映像の「6人だけの初夜」というものが見たかったからだ。でも、Blu-ray盤の本編が、あまりによかった。
わたしはそれ以前に確かジャムの円盤を見ていたのだが、ジャムよりバンドの完成度が上がったかと言われると、正直、そんなことはなかった。わたしはここのところ、自覚的に物語を利用するアイドルはだっせえなと思ってしまう節があって、その意味で言うとあまりに渋谷すばるを失った6人の「渋谷すばるの喪失」を噛みしめるライブは、わたしにとって完成度の高いそれではなかった。けれど、めちゃくちゃよかった。完成度とかそういうのじゃなくて、アイドルを背負った6人の人間の覚悟というものを透かしてみたあの本編が、死ぬほど好きだと思った。その背中に背負ったものが、0.1666666….のそれが、どれだけ重くても、わたしたちに「希望があるんだ」と言ってくれる彼らが好きだと思った。
そして初回盤も購入し、わたしは錦戸亮を自担として置くようになった。わたしはKAT-TUN担の後期から、自担という言葉遣いを避けていた(わたしの自担はすべからく辛い目に遭うから)。でも、それでも自担という言葉を再び使ってしまうくらいには、錦戸亮という人間にやられた。
わたしにとっての錦戸亮はずっと賢い人だった。NEWSにいた頃のまま時間が止まっていた。あるいは、亀梨さんとは違って「掃いて捨てたらいなくなるジュニア」なんて言われたことのない人だと認識していた。
でも、錦戸亮という人間はわたしが思っていた錦戸亮とは違った。錦戸亮という人間は、自分の才能や自分の限界、そして隣に置いた本物の才能に自覚的で、その上で、誰よりもかっこよく、誰よりも正しく強くあろうとした人だったのだった。ただの才能の持ち主ではなく、あるいは器用な人間でもなく、ひたむきに自分と向き合ってきた人だった。彼がメイキングのHeavenly Psychoで丸山さんに自分のパートを明け渡したとき、その時にわたしは彼を自担として推すこと決めた。

この夏は、本当に楽しかった。わたしが生きてきた中で一番楽しかったかもしれない。
以前、十五祭の感想エントリーで書いたが、高校生くらいの頃、薄暗い感情を抱くようになったわたしは、それ以降本当にはしあわせだと思うことはほとんどなく生きてきた。けれど、この夏、錦戸亮さんをステージの上に認めたとき、黄色のペンライトを振ったとき、K!A!N!J!A!N!I!E!I!G!H!T!と叫んだとき、わたしは確かにしあわせだった。あるいは、ご縁があって入らせていただいた十五祭のオーラスで、このまま死んでもいいと思った。

そして、9月5日、本当にあのまま死んでおけばよかったと思った。

錦戸亮さんが昨年、6人に見た夢が潰えたということが、心の底から苦しかった。大きな感情に押しつぶされそうになった。15年、あるいは21年をかけて、あのグループを愛し続けてきた彼が、昨年誰よりもその夢を信じてくれた彼が、その夢を諦めたということは、わたしにとって、この世界に愛も希望も夢もないという意味だった。
その夜たまたま目の前にあった海に飛び込んで死んでしまいたいと思った。

この件については、きっといろんな人がいろんな感情を抱いているだろうし、それはまだ色褪せず、過去にならず、様々な人が心を殺して、朝には泣いて夜には吐いて、感情を消化しようとしていることだろう。だから、これ以上の個人的な感情を吐露することはやめとく。

10月1日を超えて、わたしはなんとかだましだまし、生きることをできている。
あの晩感じた絶望とか希死念慮とか*2そういうものが消えたわけではないけれど、錦戸さんが今、きっと感じたであろう絶望とか、悲しみとか、そういうものをなかったことにして笑ってくれるのならば、わたしもそうであるべきだと思った。錦戸さんはTVガイドパーソンで2014年に「悩みとかネガティブなことを共有して、(ファンの方を)引っ張ろうとか、ひきつけようとは思いたくないし、思わないです」と言っていた。きっとそういうことなんだろうと思った。あのときと同じように、錦戸亮は、本当に悲しいこと辛いことは言わずに知らせずにそんなものはなかったみたいな顔をしてわたしたちの前に立つんだろう。だとしたら、わたしが錦戸さんにそういうものを感じるべきだとは思わない。彼が、見た夢を彼がそうしたように愛おしい過去のかけらとして抱きしめて、これからの世界を愛することが、彼を愛したわたしとしてのきっと義務だ。

アイドルだった錦戸亮さん。
わたしはあなたを見て、愛とか希望とか夢とかそういうものをあると感じました。何も言わずに前を向くあなたの背中に憧れました。わたしはあなたになりたいと思った。
きっと、辛いことや苦しいことや悲しいことがたくさんあったのに、わたしたちに暖かくてやさしくて愛おしい夢だけを見せてくれたことにどれだけ救われたかわかりません。
きっとこれからの人生もあなたは、自分の力で素晴らしいものにしてくれるのでしょう。どうか背中をあとしばらく追いかけさせてください。あなたの人生にわたしたちを加えてくれなくていいんです。ただ、あなたがあなたの人生を生きてくれるだけで、勝手にわたしは救われます。

アイドルではなくなった錦戸亮さん。
どうかこれから先も、あなたの人生にたくさんの愛がありますように。

 

 


2019.10.7
スズキアイコ

*1:当時わたしは手越祐也さんを推しており、それ以外のメンバーにそれほどの深い愛情を抱いていたわけではなかったのに他のメンバーのソロも同じように再生していた。今なら絶対そんなことはしない

*2:それらはあの件がなくても普段からわたしの心を脅かし続けている感情ではあるが