不思議な人 宮近海斗くん

自担たる宮近くんのことが毎秒わからない。わからない、わからない、わからない……と呻きつつもわかりたいオタクはとりあえずテキストにあたってみる。宮近くんのインタビューの中で私にとって印象的だったのは、「SHE THREE」の「多分、僕はなるべくいい人に見られたいんですよね。(略)人からの目線を気にすることで結果的に自分の芯が律されることって結構あると思うんです」など。この辺りを読んで、う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んと唸りながら次の雑誌にあたってみる。すると大体令和ジュニア維新にぶち当たり、このQuick Crewという人のダンスを見れば何かわかるのでは?と考えて、大体またこのダンス動画を見る(もう何回も見てるのに)。


Quick Crew Showcase | BBIC 2017 Bucheon South Korea 2017



すると、あっこれ宮近くんのダンスっぽい、宮近くんってあの曲でああいうことがやりたかったのかも、と思考がそれていき、宮近くんのダンス動画を見て、「は〜〜カッコイイ〜〜〜ラブ」と言って終わる。


Travis Japan 「Happy Groovy」(「ジャニーズJr.祭り 2018」単独LIVE in 横浜アリーナ)


そんなことを繰り返してるから、マジで一生宮近くんのことがわからないままで同じ問いを何度も繰り返してしまうので、宮近くんのことを一回本気出して考えてみようと思う。

と言っても、今までの推しの何を私はわかっていたのか、わかったつもりでいたのか、と考えると、かなり傲慢な気もする。この文章は当たり前に何も正解ではない。ROTについて書いたこの記事でした「語られること」の暴力はこの記事でも私→宮近くんの間で働いている。それは忘れてはならない点である。

 

jys123.hatenablog.com



今までの推しのことを「わかった」瞬間はそれぞれにあるが、何をわかった時に「わかった」と思ったのかというと、「大人になったときはいつか」「何を求めてアイドルをしているのか」という問いに答えられたときのように思う。
「大人になったときはいつか」という問いについて、例えば私は以前

 

jys123.hatenablog.com

 
この記事の中で「自らの半身」であった内博貴さんを失った錦戸さんが、それを失うことを自らに認める過程について考察した。この過程は、「他者が自分と別の人間であると認めること」であり、私は個人的な経験からそれが錦戸さんの「大人になったとき」なのではないかと考えている。
また、「何を求めてアイドルをしている/いたのか」という問いについては、錦戸さんも亀梨さんも「愛」なんだろうなと考えていた。亀梨さんは2006年8?9?月号のnon-noで、「今、欲しいものと言えば愛ですね。冗談抜きで。恋愛や異性愛とか限定じゃなくて、もっと愛が欲しい(略)ココが埋まってない気がずっとしてる」「ただボーッと寝てて、ココを埋めてっていうのは欲張りだし、ワガママだと思うから、たくさんいっぱいの愛で自分を埋めるために、オレは受け身じゃなくて自分のできることをやってるつもり。つもり、じゃなくて、やってる」と語った。また、錦戸さんは2013年あたりの「ボクらの時代」で、四人兄弟の三番目である自分について、「お兄ちゃんはまあ愛されて、一人目やし、二番目もお兄ちゃんで、三番目、多分また男かって感じだったと思うんですよね」「で僕生まれてしばらくして妹が生まれて、もう妹が溺愛されてるのは目に見えてわかるんですよ」と愛への渇望をのぞかせた。
彼らは「愛」を求めて、愛されたくてアイドルをやっていたんだろうな、というのが私の当時の結論だった。

では、宮近くんのことに話を戻そう。宮近くんは、いつ大人になったんだろうか。そして、宮近くんは、何を求めてアイドルをやっているんだろう。

まず、「いつ大人になったんだろう」という問いについて、例えば、錦戸さんのように自分のシンメとの分離が大人になるきっかけだったと考えることはできるだろう。宮近くんは、今は7ORDERのメンバーとして(事務所を独立して)活動している阿部顕嵐くんとシンメだったそうだ。そして、阿部顕嵐くんと宮近くんはTravis Japanとしてだけではなく、Sexy Boyzとしても活動していたので、なるほど内亮の離別のように、「半身がいなくなる」という感覚があってもおかしくない。
けれども、なんというか、ちょっとそれも違う気もしている。宮近くんは顕嵐くんとシンメだった頃の対談で、「顕嵐にはなんか文句は言えない。なぜかは何度考えてもわからないけど、『こうしたほうがいい』とかも絶対に言えない」と語っていて、その文脈はあらちかがシンメであり友だちであり「一緒にいて当たり前の存在」である、という文脈なのに、なんか、「半身」までの依存関係には思えないのだ(新規の感想です)。
そして、「半身」の喪失について、以前の内亮の記事で書いたように、「自分で選択した」という感覚が半身を喪失した自分の引き受けに必要だと思うのだが、この顕嵐くんの喪失について、宮近くんはメチャクチャ受け身だ。顕嵐くんが抜けたことについて、宮近くんは悲しさや寂しさをのぞかせながらも、「でも顕嵐なりに考えて決断したことだったしね。人生は一度きりだし顕嵐のやりたいことを尊重したいなと思って」と語っていた。選択をしたのは顕嵐くんだし、宮近くんは顕嵐くんの選択を受け入れただけ。内亮のときはどちらも望まぬシンメ解体で、「自分に何かができたんじゃないか」という問いが発生したが、顕嵐くんがそのシンメ解体を望んでいる以上は宮近くんにはその自問もできない。
だから、顕嵐くんの脱退は、宮近くんにとっての「半身の喪失」とそれに伴う「大人になること」ではなかったのではないかな〜と思う。
また、当時のジュニアは外野から見ても組み替えが多く、宮近くんは当時のいつメン(宮近、阿部、神宮寺、岩橋、岸。通称MAGIC)でいる時、構って欲しいと「いつモード」に入るとよくからかわれていたが、「いつもみんな一緒にいられるわけじゃないから、いつモードやめた」(出典忘れた)という旨の話をしていた。宮近くんは「人に嫌われたくない」とSHE THREEなどでのぞかせた一面から考えるに、当時からそっくりそのまま依存して失ったら悲しむ!! みたいなことができないタイプだったんじゃないかなーと思う。初めから失うことを想定しているというか、傷つかないように予防線を張っているというか。だからこそ「半身の喪失」をあんな風に受け入れることができたのかもしれない。
じゃあ、顕嵐くんじゃなくって、それ以外の誰かに宮近くんは今もその「半身」を預けられているのかというとそれはまた違うように思う。トラジャには松松以外の現存するシンメがないことで有名だが(シンメ厨の私がよくハマったなと時々思う)、宮近くんの立ち位置は、その中でも「センター」という立ち位置で、それについては宮近くん自身も誇りを持ってやっているようである。
「王道」的なコンビならたぶん「Wカイト」になると思うんだけども、なんというか、この「Wカイト」というの、いつもプラスワンゲストがいるのだ。例えば、顕嵐くんがいた頃は「あらちか+中村海人」が同じ高校で同じグループで、卒業旅行も一緒に行ったとのことである。また今は「トリプルカイト」という枠組みもある。Wカイトと松倉くんの三人は、高校も同級生で入所日も一緒。Travis Japanに松倉くんは後から加入してきたが、この三人は対等同級生!という感じがすごい。
中村くん自身も、宮近くんとの関係を「ずっと同級生でずっと一緒にいた親友とも思っています」と言い、「仕事と親友の間くらい」である今の関係を「寂しい」と言いつつも、「宮近海斗という存在が好きです(手紙では『いてくれるだけでいいです』としている)」と、その関係を「親友」というところまで詰めることを望まない。そして、「海斗がTravis Japanのセンターでがんばっていることすごくすごく、たのもしいです」と言うからには、「シンメ」という関係を望んでいるとも思えない。
他にも宮近くんには「ちゃかまちゅ」や「のえちゃか」などの人気コンビでの見られ方があるが、やはりそのどれもが「シンメ」ではなく、誰かに半身を預けているような重さは感じられない。
じゃあ宮近くんは大人になっていないのかというと、彼は立派に大人だと私は思ってて、ただそれに至るきっかけが見えないんだよな〜〜〜なのでわからんのだよな〜〜という毎日。

次に「何を求めてアイドルをしているのか」という点について。これに関しては、宮近くんが四人兄弟三番目と聞いたとき「ハイきたこれは宮近くんも錦戸亀梨コースの『愛が欲しい』タイプですね?」となった。でもな〜〜んかそれも今は違うような気がする。宮近くんは自分のことをミッキーかアンパンマンか何かだと思ってる節があるというか、こちらに「愛してほしい」とかを望むことなく、「自分がやりたいから、楽しいからやっている」という姿勢を崩さない。何が楽しいのかって、たぶん、この人にとっては「踊ること」なんだろうけど……
それだけでアイドル出来るか?!
アイドル以外にも「踊ること」を本業とする人は宮近くんの周りにもたくさんいるだろうし、アイドルという職業は「踊ること」以外の雑音もつきまとう。辛いことも悲しいことも嫌なこともたくさんあるだろうジャニーズに十年も身を置くことの理由が「踊ることが楽しい」だったら、マジですごい。
でも、他に理由も思い当たらないのだ。
宮近くんは高校三年生のとき(2015年)に「学校の友達もみんな部活とかアルバイトとか受験とか、何かしら打ち込んでいるものがあって、それに刺激されて、『自分は何ができるんだろう?』って一旦立ち止まったんです。ちょうどいろんなお仕事をいただけるようになった時期で、『ここで頑張るしかない』ってちょっと覚悟を決めた(……んでしたっけ?)」(2020年6月号With)のだと言う。例えば錦戸さんが内さんの一件を受けてジャニーさんとメンバーの大倉さんに「頑張るから」と言って上京してきたときのような「選択」ではなく、その宮近くんの「覚悟を決めた」は、「進路を決めた」ようなタイミングに思う。そのとき宮近くんが手にしていた選択肢の中で、ジャニーズが一番実現可能性が高いものだった、だから選んだ、というような選択。
では宮近くんはアイドルを楽な職業だと捉えているのかというと全然そんなことはなくって、Travis Japanのセンターとして凛と立つことのプレッシャーを周囲に漏らしもせず、2019年8月8日のFIRE BEATでは泣かず、Love so sweetで涙目ながらも笑顔を浮かべて、こちらに手を伸ばした。2020年8月10日、間違っちゃいないを泣きそうに歌いながら、歌い終わってけろっとした声で冗談を言った。素顔発売時には「残酷さもエンターテイメントになる」なんてしんどみ10000%の言葉まで残している。

こうやって宮近くんのことを追っていくと、宮近くんのその覚悟や人間性というのは、全くもってテキストでカバーできていない部分なのだなと思う。私がすぐ出典! 出典! 言うタイプのオタクなので出典を求めて三千里している最中だが、宮近くんについての過去の雑誌記事全て読んでも宮近くんのことをわかることができる気はしない。
そして、2013年の「ボクらの時代」がなければ、錦戸さんが四人兄弟の三番目であることにあのような屈託があったことを私は知らなかったし、2012年くらいかな?のMyojo一万文字インタビューまで私たちは10年間、「お前はメンバー想いじゃねえな」っていう言葉があの有名なタッチ(上田・亀梨)喧嘩事件の本当の原因であることを知らなかった、ということを忘れてはならない。必要なテキストはまだ揃っていないのである。これからどんどん増えていくテキストに、私は何度も宮近くんへの理解の変更を迫られるのだ。

そして、必要なテキストをうん十年かけて揃えていったとしても——それだけではきっとこの人のことをわかるには不十分なのだろうという予感がある。宮近くんはきっと何かを語ることは不得手で、その分の思考を行動やダンスでアウトプットする人なんだから、その一つひとつを逃さないようにしたいと思う。全然わかんねえよ〜〜〜というの、結構楽しいじゃん、というのが最近のオタク活動での発見かもしれない。


2021/1/16

家族的なもので、家族以上だが、本物の家族ではない、ジャニーズのグループについて/家族とジャニーズ(1)

1. 「本物の家族」の景色 

昨年、祖母の葬儀で実家に帰った時、母がぼそりと「車でお父さんが流す中島みゆきを聞くのが辛い」と言った。
母は感受性が豊かな方で、CMで流れるゆずの「栄光の架橋」を聞いてシラフで泣くような人なので、祖母の死んだばかりの今はなおさらだろうと思って、私は車の中で今はやりの曲(yamaとかVaundyとか母にはわからなさそうな新しいもの)を流していた。すると父は、何も言わずにそれに中島みゆきを重ねてきた。しばらくカーステから流れる中島みゆきの「空と君とのあいだに」とVaundyの「灯火」が戦っていたが、結局私はVaundyを止めて中島みゆきを聴いた。
その時、母から聴いたことや状況を順序立てて説明して、「だから中島みゆきではなくてVaundyを聞こう」と言おうか少し考えたが、考えただけで手が震えたのでやめた。

私の父は直接私や母、妹に暴力を振るったことは、私の記憶する限りない。でも、一度だって私の話を理解してくれたことはなかった。
何を言っても、「お前は絶対に間違っている」「お前の言ってることは全然意味がわからない」と大声で言うばかりで、理解しようとはしてくれなかった。父の言っていることのうち間違いを見つけられるようになった中学生くらいから実家を出た21歳の終わりまで、何度も反論しては、怒鳴られてバタンと大きな音でドアを閉められて椅子をドカンと床に叩きつけられた。その十年近い時間の中で、父が私の反論を理解したことは、一度もなかった。
だから今度もきっとそうだろうと諦めた。少し我慢すれば、私は一人暮らしの部屋へと帰れるのだから。

葬儀場から東京に帰る電車の中で、だから私はジャニーズのグループに憧れて、それが永遠であって欲しかったんだろうなと考えた。

 

2. 「家族的なもの」で、「家族以上」だが、「本物の家族」ではない

グループは、ときどき、家族に例えられる。
例えば、いわゆる「家族売り」がある。SMAP・V6・関ジャニ∞から始まり、最近だとSnowManTravis Japanもそのイメージが強い。基本的には仲がいいグループや最年長と最年少との年齢差・芸歴差が大きいグループが「家族売り」をしている印象があり、よく「坂長の子育てはうまくいったよね(岡田くんの反抗期を含めた成長のこと)」「ヨコヒナは夫婦」なんて言われ方をするのを目にする。
そうでなくとも、10周年を超えたあたりから多くのグループで「家族より一緒にいるから」という言葉を耳にするようになる。今よりずっとバチバチのイメージがあった2000年代後半のKAT-TUNですら、そういう言葉を聞いた覚えがある(うろ覚え)。
そして極め付けは昨年、緊急事態宣言明けのステージでジャニーズが絡んだり絡まななかったりした理由は「グループは家族だから密でもOK、グループ外はNG」だった。ずっと「家族的なもの」だったグループはとうとう「家族そのもの」とされた。

「家族的なもの」で、「家族以上」だが、もちろん「本物の家族」ではない人間の集まり。それが私には理想的な家族に見えた。
なぜなら、「本物の家族」は否応無しに帰属することを強制されるが、グループという「家族的なもの」はそれぞれの個人がその家族を選んで帰属しているように思えたからだ。

 

3. 「本物の家族」の条件

「本物の家族」、つまり、戸籍上の家族というものは、多くの場合生まれながらに子どもには与えられ、社会の最小単位とされる。
NHKの朝ドラに典型的な「本物の家族」の理想的な機能は、父母の仲が良く、子どもの反抗期や仕事での失敗などの苦労を、家族(時には二〜三世帯)みんなで力を合わせて乗り越えて、社会の歯車のいち部品でありながらも「幸せな人生」を送ってゆく、というものだ。
しかし、その理想的な機能というのは、「本物の家族」を成り立たせるのに必要な条件ではない。
「本物の家族」は「社会の歯車のいち部品である」という条件さえ十分に満たしてしまえば、なんの問題もない。
父母がまともな会話のラリーをしているのを見たことがなく、子どもの反抗期は「意味がわからない」ではねのけ、父方の祖母に母の趣味を話したら怒られるような家庭であっても、父は大企業にサラリーマンとして25年勤めており、母は週に一回認知症の祖母を訪問して病院まで介助し、娘たちはそこそこの高校・大学に通学しているからには、十分に「本物の家族」なのだ。社会の手を「中流家庭」に許される以上には借りずに、父の収入と母の無償労働の範囲内で暮らせているからには、「本物の家族」なのだ。
誰が私の家族を機能不全と呼べよう。私も呼べない。私の家族はきちんと、経済・社会的に「本物の家族」だった。それは恵まれていることだった。実際に機能不全の家族がたくさんいる中で、両親ともに健在で、父は金を稼ぎ、母は家事をし、妹は私や両親に従った。それは恵まれていることであり、かつ、「本物の家族」は「幸せ」と接続しているはずなのだから、私や私の家族は「幸せ」であるべきだった。
だが、私の家族は私にとって、「本物の家族」ではあったが、幸せな居場所ではなかった、と言っても許されるだろうか。私にとって、自分の考えが伝えられない場所、自分の言葉が尊重されない場所は、幸せな居場所ではなかったと、言ってもいいだろうか。

 

4. 個人の幸せな居場所としての「理想の家族」

父に初めて反論した中学生の頃、私はKAT-TUNというグループが好きだった。
KAT-TUNからは赤西仁さんが脱退したばかりだったが、私が今も尊敬して仕事机の前にインタビューを貼っているような亀梨和也さんと出会ったのがその頃だった。
当時のKAT-TUNは決して仲のいいグループではなかったと思う。世間で言われるほど仲が悪かったとは思わないけれど、たとえば仲がいいとよく言われる嵐や関ジャニ∞とは、確実に距離感が違っていた。あくまで同世代の仕事仲間であり、「仲がいいからやっている」わけではなかったと思う。
ではなぜKAT-TUNのメンバーは、それぞれの脱退まで、あるいは今に至るまで、KAT-TUNであり続けたのか。
それは、KAT-TUNというグループが、彼らそれぞれの幸せ、彼らそれぞれの夢にとって、最良の場所だったからだ。アイドルとして東京ドームでデビューコンサートをしたいと願ったとき、世界に名を轟かせるアーティストになりたいと願ったとき、それぞれがそれぞれの夢を願ったとき、KAT-TUNが最適の最小単位だったからだ。
だから、彼らはKAT-TUNというグループで、「家族以上」であることを選んでいたのだ。

ジャニーズ事務所に入ってくるときは誰だって一人だ。それぞれがそれぞれに夢や目標を抱えて、事務所にあり続けることを選んだり、別の道を選んだりする。別の夢を持つ者同士が、与えられた「家族的なもの」に順応できずに「家族的なもの」を抜けたり、事務所自体を辞めたりするのを、私たちはたくさん見てきた。それは逆に言うと、「家族的なもの」であるグループが成功している状態というのは、個人個人が自分の夢や幸せを叶えられる居場所、いまそれが叶っていなくても将来的にそれを望むにあたって最適の居場所であると言える。
もちろん、全員が違う夢を持って事務所に入ってくるのだから、それぞれの夢がぶつかることはある。でも、グループは「本物の家族」ではないから、「家族的なもの」の形を維持するために、お互いの夢や幸せを尊重する場所である必要がある。そうでなければすぐに崩壊してしまうのが、グループだから。「本物の家族」と違って、グループは個人の夢や幸せの媒体でしかないから。
だから、グループがグループである間は、お互いの夢や幸せを尊重できる居場所であることを、諦めていない状態なのだろうと思う。分かり合えなくとも分かり合おうとする努力を辞めないのだろうと思う。言葉を尽くして理解し合おうとしたり、理解し合えないことを双方ともに許しあったりするのだろうと思う。そこに、私の理想の家族はあった。私の「本物の家族」にはなかった、私の幸せな居場所があった。

 

5. 永遠であってほしかったもの

私の理想の家族たるグループは、常に、「本物の家族」ではなく、家族以上のものであって欲しかった。「本物の家族」が跋扈しているこの社会で、三十路で未婚だと行き遅れになるこの社会で、ひとり親世帯だと暮らしにくく“かわいそう”とされるこの社会で、グループに「本物の家族」でなくとも一緒に生き抜けるんだということを証明して欲しかった。個人は個人として生きることを続けつつも、それぞれの幸せや夢と折り合いをつけて分かり合えるのだと信じたかった。だから、グループには永遠であって欲しかった。

でも、永遠なんてないのだ。何度だって思い知る。グループから人が去るたび、その理由のかけらを探すたび、個人の夢や幸せが完全に一致しないなかで、それぞれが尊重しあって「家族的なもの」の形を保ち続けることの難しさを知る。「6人で活動したい」と望んだ人がいるグループで、どうして「ソロデビューして海外で活動したい」という夢が叶えられようか。「過去を振り返りたくない」という夢の形と「過去を振り返ってゆっくりしたい」という幸せの形、それが両立できるグループの形などない。だって、「家族的なもの」は、「本物の家族」ではなく、あくまでそれぞれの夢や幸せの一致する場所でしかないのだから。それこそが、私にとってグループが理想の家族である理由なのだから。

だからたぶん、私は「家族的なもの」が永遠でないことを悲しむ必要なんてないのだ。いや、むしろそれを悲しんではいけないのだ。
グループが永遠でないことは、決して個人が夢や幸せを追い続けられないということを意味しない。「本物の家族」に幸せな居場所がないと思ったとき、「家族的なもの」が幸せな居場所だと思った。しかし、私にとってはそこも理想的な終の住処ではなさそうだった。「家族的なもの」はずっと個人の夢や幸せを調整する媒体として機能し続けられるわけではないし、何より複数人の夢や幸せが一生重なっていけるはずもない。それが外れたときに自分の夢や幸せを選択できることが、その場所を「理想の家族」とした所以ではなかったか。


だから、個人の幸せが永続する「家族」にこそある、というところから私は私を解体しなければならないのだと思う。個人の幸せはそれぞれが持っており、それをたまたま重ね合わせている瞬間が、ジャニーズグループだ。それは、「家族的なもの」で「家族以上」だが、「本物の家族」ではない。ジャニーズグループが「本物の家族」より優れているのは、個人の理想や夢が前提になっている点であるが、しかしジャニーズグループは「家族的なもの」である以上は絶対に永遠に幸せな居場所であり続けるとは限らない。だから、永遠である必要なんてないのだと言いたい。私たちは個人の幸せを、夢を、本物の家族や家族的なものより優先していいのだと、言いたい。言わせてほしい。だって、6人の関ジャニ∞が、6人の、5人の、4人のKAT-TUNが、大好きだったから。

 

 

2021/1/9

スズキアイコ

 

*** 

というわけで家族とジャニーズ(1)をお送りしましたが、家父長制とジャニーズと熱愛についても書きたいことがあるので、家族とジャニーズ(2)を書く予定です。今月中に書けたらいいな。

 

中丸雄一さんの記憶

年末がうちの会社では一応評価基準月らしく、今月はやたらめったら振り返りをさせられた。それだけじゃなく、今月はなんだか身の回りが忙しなく、人が死んだり、結婚したり、なんだりと、もう本当に色々色々あった一ヶ月で、私だけが取り残されていたような一ヶ月で、金曜日にギリギリ仕事を終え(と言いつつもやり残したものをぼちぼちやっておかないと新年が迎えられないところもあるんだけど勤怠システム上は終え)、二日間、ひたすら寝て、食って、寝た。久々にポテチ食べたし、寝すぎて目が二重になった(そんなことある?)。
そうやってグダグダと眠りと覚醒の間をうろつきながら、ああやんなきゃな、と思った。
一年近く働いてみて、思ったことは、私はあんまりこの仕事向いてないかもなってことだった。別にできないわけじゃあないんだけど、なんで金もらってんのかわかんないし、それは私にとって結構ストレスだし、でもなんで金もらってんのかわかんないような職業の方が給料はいいし、給料をたくさんもらわないと、これから先一人で生きてけるかわかんないし。
でもやっぱ、私の人生はここにはないなと思って、私の人生についてのことをやらなきゃなと思った。
そう考えたときに、中丸雄一さんのことを思い出した。
私は文章くらいしか得意なことはないけど、それだって別に大したものを書けるわけじゃあないし、高校大学と勤勉に学んできた人とは天と地の差があることは知っている。仕事だってそう。大学の頃この領域をガッツリ勉強してきた人にはどうやっても敵わないし、中途半端だ。 だから、書かなくてもいいんじゃないか、何も考えなくてもいいんじゃないか、と思ってしまう。

あるいは、私はきっと今全然正しくないんだろうなと思うことがある。このわけのわからない仕事でそれなりに高いお給料をもらってるのまじでよくわからないし、それこそもっとそれを必要としている人のところに金はいくべきだし、今私は搾取の一端に加担しているのだろうなと思うことがある。でも、そうでもしないと私は一人で生きていけないんだから仕方ないじゃん、ともう一方で思う。だから、正しくなろうとするのなんて、やめなよ、誰かに任せちゃいなよ、だってこの夜希死念慮が私を襲ってるのは本当だし、それから逃れられるなら正しくなくっていいじゃん、と思う。

そうやって、楽な方に流れようとするとき、ふと、中丸雄一さんのことを思い出す。

中丸雄一さんは、24歳の時、唐突に早稲田大学に入学した。

それは本当に唐突だった。メンバーにもなんの相談もなく、勝手に早稲田の通信を受験して、LIPSだったかなんだったか忘れたけどその辺りのシングルで出たMステで、「実はあの、大学に行くことになりまして……」と報告したのだった。まじで脈略なかった。あと予備校生みたいなセーター着てた。
その頃にはもうKAT-TUNはデビューして二年近く経っていて結構もう安定した人気を誇っていて、中丸さんだって個人仕事は今よりかなり少なかったにしろ、KAT-TUNとしてそれなりに多忙な時代を過ごしていたわけで、つまりは、彼は別に全然必要に駆られたわけじゃあなかったのに、大学に行った。大学に行った理由は、「周りの大人と全然うまく話せないなと思って」みたいなことを言っていた。
そこから、本当にちゃんと授業を受けて、ちゃんとレポートを出して、ちゃんと卒論を書いて、5年の月日をかけて、彼は早稲田大学を卒業した。

よく言われるように、実際、早稲田の通信は通常コースに比べてかなり入りやすいのは確かで、彼が早稲田大学に入学したってこと自体は別に偉業でもなんでもないし、それを取り沙汰されることもあまりないのは納得なんだけれども、実際のところ、すごかったのは、彼が大学で学ぶことを決め、それを実際に遂行したことだと思う。
おそらく中丸さんが大学受験を決めたであろう2007年は、4月に留学から赤西さんが復帰して、喜びの歌、Keep the faithとリリースが続き、セールスも人気もあって、忙しく働き詰めていた頃だった。そして、中丸さんは、繰り返すように、その時、24歳だ。決して、周りに流されたわけではなく、必要に駆られたわけでもなく、ただ、自分に学問が足りないと考え、受験した。
そして、2008年から2013年にかけて、つまり、Queen of Pirates、Break the Recordsを経て、赤西仁が脱退し、田中聖も脱退した、あの時代のKAT-TUNの一員でありながら、淡々と勉強を続け、自分で卒論を書き、卒業した。その、日々の営みに感嘆する。

私が中丸さんについて思い出すのは、「何かを始めるのに遅すぎるなんてことはない」という、一見ありふれた言葉だ。
web連載だったか、舞台だったか、雑誌だったか、もうどの媒体だったのか思い出せないけど、中丸さんは、「何かを始めるのに遅すぎるなんてことはない」という旨のことをいつだかに言った。
そして実際に中丸さんは、その言葉をやって見せてくれた。それが、私にとって、本当の本当に、救いだった。
歳を経るごとに感受性が死んでゆくだとか、脳細胞(?)が劣化するだとか、男は年老いたら年輪の分だけカッコよくなるけど女は老いたらブスになるだけとか、もう、いろんな呪いが加齢にあたってはついてまわっていた。
新しいことを始めたって、3歳の頃からやってるような人には勝てないだとか、始めて3ヶ月やって芽が出ないなら才能がないだとか、いろんな、いろんな呪いがついてまわっていた。 そして、その呪いを、前に書いたような形で、私自身にかけたくなるときがある。そんなことをしても意味はないと、楽な方へ赴きたくなる。
でも、そんな呪いは、私には必要ない、と思う。
いや、必要ないというより、その呪いに従って生きるより、自分がやるべきことをやらなきゃならないと思う。そうありたいと思う。 そう考えるしかないと思う。虚無主義に陥りたくないと思う。
その度に、中丸さんのことを、思い出す。

そういえば、中丸さんはずっと頑固な人だったなと思う。もう四年くらいちゃんと彼のことを見ていないから、私の記憶の中の中丸さんと現実の中丸さんがどこまで一致しているかわからないんだけれど、でも、ずっと頑固な人だったと思う。充電期間の前にだって俺は嫌だとずっとその態度を崩さなかったし、もっと昔の話をすると、ボイパを始めた時だって「咳?」なんてからかわれたのに、結局、もう二十年もやっている。

私ももっと頑固にならなきゃいけないなと思う。やるべきだと思うのならば。 なんかそういうことを考えていた、2020年末、でした。

 

2020.12.27. スズキアイコ

「Travis Japanがくれる幸せ」についての一回答

ダヴィンチにトラジャが特集される!と聞いたのは9月ごろだったろうか? そのあたりで一度腰を据えてダヴィンチのアンケートに回答したのだけれども、当たり前に採用されなかったのでこちらに供養しときます。長い。

確か回答としては、各メンバーの好きなところとTravis Japanへのメッセージだったと思う。他の欄は直接入力したみたいで手元に回答が残ってない。

 

読み返すといい子ぶってんなとか思わなくもないんだけども嘘もついてないので。まあ、苦しいだけじゃオタクやらんしね。前のエントリーで書いた通り、頑張りたいって性質は確かに私の短所なんだけど、やっぱ、頑張りたくなる対象と出会ったから頑張っちゃうとこも確かにあるんですよ……だれに言い訳してんの?

 

でもまあ、ここんとこが狂ってるアイドル、Travis Japan宮近海斗くんの話をそういえばこのブログではほとんどしてなかったので、残しとこうと思う。足跡なので。

 

 

宮近海斗さん

 

まずは何よりも、宮近くんのダンスが好きです。私たちが言葉で何かを伝えようとするのと同じように、宮近くんはダンスを言語にして何かを伝えようとしているんだと思わされるほど、宮近くんのダンスは雄弁だと思います。

次に、甘くてアイドルらしい歌声。個人的には、宮近くんがTravis Japanの中で最もアイドルらしい歌い方をしているなと感じます。力強いダンスや色っぽい流し目からは想像もつかないほどのあま〜い歌声が大好きです。

最後に、仕事に向き合う姿勢です。「リーダー」「センター」「デビュー」など、すべて、結果は後からついてくるという姿勢には、会社員としてはどんな自己啓発書より学ぶものがあると感じますし、アイドルファンとしてはデビューを手に入れてくれるだろうなと信じたくなります。

 

 

中村海人さん


中村さんは、人間関係が上手なところに学ぶところがあるなと思いますし、そういうところが一番に好きです。いい意味でラフな接し方を誰にでもしているのだろうなと感じることが多く、相手に気を遣わせないのがうまいなと思います。だからこそ、彼が出演する回のラジオ番組は一番安心して楽しみにすることができます。

次に、長い手足を生かしたダンスが好きです。背の高い人は手足の長さを持て余してしまうイメージがあったのですが、中村さんはその長い手足を微塵も邪魔だと感じさせないしなやかなダンスをしている印象があります。ダンスについて思い悩んでいることを明かしているインタビューを何度か拝読しましたが、そうやって自分に足りないところを自省しては改善していった結果がこうやって私たちに目に見える形であらわれているのはすごいことだなと思います。

最後に、アイドルとしての自己プロデュース力です。Summer Paradiseの個人公演ももちろんですが、ジャニーズwebで持っている連載でもファンの意識から1日たりとも消えないような工夫があって、すごいなと思います。「こういう僕はどうですか?」と毎日提案されているようで、中村担のお姉さんたちはみんな翻弄されている印象があります(笑)

 

 

七五三掛龍也さん


七五三掛さんのたくさんある長所の中で私が一番好きなのは、振り付けの繊細さです。ファンの心をぎゅっと掴むような、痒いところをつく振り付けをするなという印象があります。「これができる俺たちすごいでしょ」ではなくって「こういう仕草してるの色っぽいでしょ」という提案のようで、いい意味でのエゴのなさを感じます。

また、アイドルとしての経験の厚みも大好きなところです。Summer Paradiseの七五三掛さん(と如恵留さん)の公演は、「場数」を感じました。超えてきた修羅場の数が違うというか……。百点満点のライブをいくつもバックとして作り上げてきた凄みのようなものを感じました。

 

 

川島如恵留さん


如恵留さんは、アイドルという仕事にミッション感を持って取り組まれているところが好きです。何かのインタビューで、自分のことを「つまらない人間だった」と振り返っているのを拝読し、これだけ多様で個性溢れる同僚たちのなかで、「出木杉くん」の役はきっと損な役回りでもあるのだろうなと邪推しました。しかし、如恵留さんは、その上で捻くれずに自分のなすべきことをしよう、自分にしかできないことをしよう、という姿勢を持ってらっしゃって、そういうところを私は尊敬しています。

また、パフォーマンス面では、如恵留さんの歌が大好きです。Travis Japanのまるでミュージカルのようなステージを支えているのは、如恵留さんの伸びやかな歌声なのではないかなと思います。

 

 

吉澤閑也さん


吉澤さんについては、YouTubeの「どんぐりころころ」や「アルプス一万尺」などの吉澤さんの作った振り付けが私は好きです。職人気質でゆっくり一つひとつの振りを固めていってるんだろうなと思いますし、それを100%の状態で私たちに届けてくれるところが好きです。

また、実直さも彼の美徳だと思います。彼のインタビューやweb更新を拝読していると、飾らないありのままの言葉を紡いでいるような印象があります。それを恥じない、隠さないのは、彼の強さだと思います。

 

 

松田元太さん


まず、松田元太さんの癖のないダンスが私は好きです。誰のバックでもシンメでも相手を引き立たせることも自分を輝かせることもできるところが素敵だなと思います。

次に、意外とお兄ちゃん気質なところが好きです。トリプルカイトが意外と末っ子気質なので空気がごちゃっとした時、一番的確に気を遣っている印象があります。自分に求められる役割をさらっとこなしてしまえるところがお兄ちゃんだなと思います。

また、松田元太さんの考えていることが意外に高尚そうなところも好きです。彼は言い表す言葉を持たないだけで世界に対して20歳頃の若者が本来感じるべき違和感をきちんと感じているなという印象があり、だからこそ如恵留さんは「元太に殻を破られた」と言うのかなと思います。あと少しだけの本があれば彼は見違えると思いますし、おバカキャラだけではない松田元太さんにも会ってみたいなと思うので、ぜひダ・ヴィンチさんから彼に本をプレゼントしてあげて欲しいです!

 

 

松倉海斗さん


松倉くんの好きなところは、まず一番にその屈託のなさです。20代の若い男の子だったら「愛と感謝を大切に」という言葉を何かしら悪ぶった媒体でパッケージングしてしまう節があると思うのですが、松倉くんはそれをしないところがすごいなと思いますし、好きだなと思います。

また、一方で、アイドルとしての冷静なプロデュース力を持っているところも好きです。Summer Paradise2020のソロ公演を通じて、最も自分とステージを俯瞰しているんだろうなと感じたのが松倉くんの公演で、自分の魅力とストーリー性の中にある自分というキャラクターと自分のやりたいこととをうまく融合させていた印象があります。また、グループに所属していないシンメだった松松をうまいことパッケージングして売り物にしていったのも、もちろん本人たちの絆がある一方で、松倉さんの冷静な自己プロデュース力もあるのかなと思っています。

最後に、面白さ。こんなに面白い人だとサマパラまで気づいていなかったんですが、サマパラでトラジャのオタクは、私のような新規も含めて、全員「松倉海斗、やばいな?」と気づいたと思います。

 


私たちが想像もつかないような世界へ、Travis Japanの目指すステージへ、私たちを連れていってください。

Travis Japanのステージがどんな時でも大好きです。

 

 

積むことって頑張る権利を買うことなんだな

去年、ジャニオタ8年目? 9年目?にして、初めてCDを「積んだ」。そんで、いま、Myojoを積んでいる。

「積む」とは何なのか、なぜいま初めて「積ん」だのか、積んで初めてわかったことと、積んでしばらくしてわかったことを書き記す。


NOMADを20枚買った


約1年前、錦戸さんがソロデビューしたとき、私は大学4年生だった。親の扶養に入っていたし、就職が近かったからあまり働きたくなくて、月のバイト代は基本的に5〜6万。

それくらいの頃に、確か20枚ほどアルバムを積んだ。総額7万円程度だろうか。

NOMADリリース初日、たしか、6万程度のセールスだった。2位の知らない歌手とそれほど差はついていなかった。焦った。リリースされるまで、記念にリリイベ申し込んじゃお〜☆くらいの気持ちで6枚しか予約していなかったのに、1日で同形態を2枚ずつ増やして買った。2日目にデイリーで抜かされた。怖かった。買い足した。初週セールスに入るのが確か日曜日までだったので、日曜日、バイト帰り、閉店10分前のタワレコでクレジットカードで購入しようとして、クレカの上限がきてて買えなくて、半泣きで近くのATMでお金をおろした。ちなみに、錦戸さんはウィークリー1位になったが、私はリリイベ全落ちした(ウケる)(ウケない)。

当時私はまだオタ垢をやっていて、オタ垢には嫌いな女がいて、そいつが社会人なのに、わたしの数倍儲けてるはずなのに、全然積んでないことに内心めちゃくちゃキレていた。「クリスマスにお前が旦那とホテルでセックスする金で私はNOMAD積んでんだよ!」と思ってた。親しい友だちには言ったかも。だって私にはそれが事実だった。私は彼女がクリスマスに旦那とセックスしている間(知らんけど)、バイトをしていた。先払い申請のタイムシートをチョコレートで汚して焦ったことを妙に覚えてる。その金で翌月クレカの支払いをした。

でも、だから何だって言うんだ?
私が積んでいて、彼女が積んでいなかったから、なんなんだ?
もっと言えば、CDに3300円払うとき、私は何に金を支払っていたんだろう?

1枚目通常盤、音楽を聴くため。2枚目初回限定盤B、ツアーメイキングを見るため。3枚目初回限定A、PVを見るため。
では、4枚目は? 保存用。5〜6枚目も。7枚目からは?

と言っても、このときはリリイベ応募券がついてきていたので、7〜20枚目はリリイベ応募券のために買っていたんだろうと言う人もいるかもしれないし、その意図が全くなかったわけではない。外れたけど。いやまじでなんで外れたん……。


MyojoをN冊積んだ


では、いま、わたしが二度目に積んでいる「Myojo 12月号*1については?

1冊目は閲覧用だろう。では、2冊目〜N冊目については? 大賞投票以外に用途はない。

唐突に聞こえるかもしれないけど、2冊目〜N冊目のMyojoで、たぶん私は、760円(710円)の「努力する権利」を買ったんだろうと思う。

Myojoに私は正直560円しか払いたくないけど(いつの間にか値上がりしてたし妙な厚紙シートとやらはまじで廃止してほしい)、まあ760円だとしても、200P弱の雑誌だ、時代に即した値段設定ではあるだろう。裏表紙の広告も売れなくなったんだろうね。

でも、2冊、3冊目の「読まれない」Myojoに760円の価値は確実にない。少なくとも雑誌としての価値はない。では私は何に価値を認めて必死に本屋をまわってN冊のMyojoを買ったのか?

私は、自分がそのMyojoを所有するために金を支払っているのではない。その雑誌を買うという体験のために金を支払っている。

CDを積む、Jr.大賞のためにMyojoを積む、という体験は、「頑張る」と表現される。セクゾのオタク頑張ってるな〜。一緒に頑張ろうね。ファンのみんな、頑張ってくれてありがとう。

「頑張る」

私は「頑張る」ために、「努力する権利」を買うために、金を支払ってる。


「頑張る」権利を買う


ここまでわかったところで、私には当然、「頑張る」ために金を払うようになったのはなぜか?という疑問が生じる。

そもそも、私は金を払わずとも頑張ってきた。
Connecting the dotsとジャニーズ、オタ卒 - 来る日も来る日も
ここでも話したけど、私は努力するためにジャニーズを必要としていたし、ジャニーズに頑張ることを教えられた。学生時代を通して、私は、頑張ることしかできなかったと言ってもいい。中学受験して入った学校*2で当然のように落ちこぼれて、ああやばいと思って数学の問題集を5〜6周解いて暗記した。部活で自分が下手だったせいで先輩を泣かせてしまってから、部内で一番練習時間だけは長くなるようにした。高3のときはどんなにいい成績をとっても油断せず朝5時に起きて13時間勉強した。大学では潰れかけのサークルとか、やる気のない共同研究グループとかで、一人だけで頑張った。みんな、スズキは頑張ってるから、と言った。高校の部活を引退するとき「アイコちゃんみたいな人のことを努力家だと言うんだと思います」と同期から手紙をもらった。私もそう思ってた。

 

就活が終わった。

 

頑張ることがなくなった。もう別にTOEICの点数もこれ以上いらないし、たいして努力しなくても就職先で必要な資格くらいはとれる。会社に入ってからもそう。研修のグループワークもきついったって1週間やそこらで終わるし、このリモート環境を気遣ってか、先輩や上司から降ってくるタスクは大した量じゃない。全然こなせる。

 

でも、人生は続いていく。

 

「頑張る」ことが人生だと思っていた。それでしか生きてる感じがしない。なのに、もう「頑張る」ことがない。それでも人生は続いていく。

もしかしたら、もう少し足掻いたら仕事が忙しくなって仕事で「頑張る」をできるのかもしれないけど、いまは本当に生きてる感じがしない。だって頑張ることが人生だと、そういうジャニーズの教えを自分に染み込ませて生きてきたのだ。頑張ってないと生きてる感じがしない。

だから、NOMADに、Jr.大賞に人生を託している。

自分の人生に「頑張る」べきことがあるような気がしている間、私は何もかもを積んだことはなかった。なんなら通常盤はTSUTAYAで借りてたし、雑誌は厳選して月に1冊までにしていた(高校時代まじで金がなかったのもある)。
だから、「頑張る」べきことが人生から消えた今、私は頑張る権利を金で買ってるんだろう。


「頑張る」=人生?

ジャニーズに頑張ることが人生だと仕込まれた(と勝手に思ってる)少女が頑張り続けて結果それなりに金が稼げる職業についてジャニーズに貢ぐことでしか頑張れないと言ってるの割とグロいなとかそういうことはおいておいて、じゃあ、「頑張る」ことが人生なんだろうか?

 

いやまあそうではないよねって最近私は思う。


そうではないよねって言うの結構難しいし、実際頑張らないと生きるのがハードモードみたいなとこはあるけど、でもまあ、頑張るだけが人生じゃないっぽい。別に全員が全員キャリアアップして30歳までに年収1000万になる必要はないし、全員が全員顔が綺麗である必要もないし、全員が全員アイドルになる必要もない。

私には私の人生があり、それは「頑張るか否か」の二軸だけで進んでいるわけではない。
と、最近になってようやく思う。卒業旅行で山登ったときにめっちゃ思った。ああ生きてるなって思った。

なので、Jr.大賞積むのやめたい!!!!!!あと1時間で1月号予約開始じゃん!!!!!!!!!

 


※Myojoにしろなんにしろ積むことをなぜかアイドル側から呼びかけられるようになってるのは、そもそもいまオタクしかCDとか雑誌とか物理に金ださんってとこはたぶんある。。。それすらも物理というより体験に金払ってるっていうのがこの記事の概要だが。。。また、この積む文化によってオタク間格差が目に見えて悪い形で出てきていて、いま金がない人間はアイドルを好きになる権利すらなくて、私はたぶん一人で生きていくのでいつそうなってもおかしくなくて(病気とか怪我とかね)、本当によくないと思っていて(そのわりに積んでるの最悪)、そのあたりはいつかちゃんと書きたいし、新しいビジネスモデルが望まれる。。。

 

*1:非ジュニア担向けに説明すると、Myojo12月号、1月号というのは『読者が選ぶJr.大賞』への応募券が1冊1枚ついてきており、建前上は1人1票ということになっているものの、名義と金をかき集めてオタクは自担に投票する。たぶんここ10年以内の文化だし、これについても語るべきだと思うんだけどそれはまた今度体力があれば

*2:この記述でわかってもらえると思うけど、わたしは頑張ることを許され、求められ、頑張れる環境に置かれた人間であったことはここに記しておかなければならない

大賞 宣言 私のための

先に宣言しておきたいんだけど、いやこれは去年別の推しのアルバムを積んだときメンタルがやられたから私向けの宣言ですが、MyojoのJr.大賞とは適切な距離をとり、振り回されないぞ。

まあすでにうん十冊予約分で買うのにその宣言に何の意味が?と思うところなんですけどしょーみ金積むのは私はそこまでしんどくないし(制度はくそだけど今制度の話をする余裕がない この話はいつかちゃんとするので今は許してほしい)実際それだけの票を推しに入れたいという気持ちは私自身のものなのでそれほど(私はね)しんどくなくて、むしろこういう期間に怒りとか焦りとかをオタクから感じ取ってそれに同調してしんどくなるみたいなことを常に(!)繰り返してるので、オタクと適切な距離を取りたい。共感性が高すぎる。その割にコミュニケーション下手だけどなお前。相手の言ってることをそのまんま自分のことだと思い込むみたいなことをやめたい。嫌いな女がアルバム積んでないことにキレたりしない。そんでそいつが現場行けてても悲しくならない。それはそれ、これはこれ。

こういうことを宣言しないとオタクと距離取れないのは本当にあまちゃんだと思うんだけども(とゆーか宣言してもあんまり自信はない)、自他の境界がずっと曖昧で、今日もわたしはどこまでわたしでどこから社会なんだろうとか考えていた。そんなんだからすぐ落ち込んで怪しい商材売ってるカウンセラーとかがすり寄ってくるんだよね。


自他の境界ははっきりさせた方がいいですよ(当たり前体操)。

寝よう。

好きの枯渇

※今年の初めに違うところで書いたものをこっちに移しました


好きな気持ちが枯渇したときのあの惨めさには何者も勝てないんじゃないかと思う。
わたしは推しに向ける感情が何よりでかい。どんな男に女に人間に依存しているときより、アイドルを好きなときが一番精神的に安定しているし、没頭する。アイドルしか見えなくなる。彼が何を見て何を感じてどうやって生きているのか知りたいと願う。そういうことをしているとお金も時間も人間関係も推しの周りで完結するようになる。前の投稿で書いた元親友だって、最初の数年(わたしたちの蜜月と言うべき期間)は同じグループの同じアイドルを推していたし、この夏わたしは久々に推しを好きな人とLINEを交換したり会ったり飲んだり、とにかく交流を持って、逆に他の友だちと会うことがほとんどなくなった。一人暮らしをしたくて貯めていたお金が会社の補助で浮く(予定)分、卒業旅行に使うでもなく、また自己研鑽に使うでもなく、推しに注いだ。わたしの全てが推しの周りで完結している。推しを推していて辛いことも悲しいこともあるけれど、こんな満ち足りた毎日はないんじゃないかなと思う。
好きという気持ちが枯渇したときの惨めさは、こういう没頭に起因するんだと思う。
推しを好きじゃなくなる理由はいくつかあると思うけど、①他の人を好きになる、②私生活が忙しくなる、③好きという気持ちが枯渇する、の3つが複合的に関わり合って推さなくなる、気がしている。前者2つについては、わたしにとって、あんまり問題ではない。でも、しんどいのは3つめだ。好きという気持ちの枯渇。飲んでも飲んでもなくなることがないと思っていた井戸が枯れたような、いや、そんなもんではなくて、うん。急に枯渇する好きという感情。そうすると、推しから自分の気持ちが離れていることを自覚しながら、しばらくの間、自分のお金と時間と人間関係のために言い訳しながら推しを推してしまう。こんな惨めなことってない。あのとき推しに使ったお金も、過ごした楽しい時間も、一緒に叫んだ友だちも、なくなったりなんてしていなくて、わたしの手の中に何にも変わりなくあり続けているのに、わたしの気持ちだけがない。キラキラしていた時間もお金も人間関係も全て、否定しないでは、今のわたしの気持ちが肯定できない。
何年か前に「同期がわたしの言うこと聞かないし文句ばっか言うんですけどどうしたらいいですかねー」と大人に軽薄な相談したことがある。そのとき大人は「何をしたいか言わせてしまえば自分でその仕事を勝手にやるよ、自分で言ったことをなかなか人は覆せないから」と言っていて、そんなもんか〜とわたしはそのとき聞き流したんだけども、そんなことを思い出す。
わたしはわたしが口にした推しへの愛やらわたしが支払ったお金やら時間やらを肯定するために覆さないために推しを推しているふりをしばらくしてしまうのだ。そういうことをしていると、だいたい、①と②のどちらか、もしくは両方がわたしを襲う。わたしはこれ幸いとその舟に飛び乗る。
そうして、ベッドに積まれた大量のCD、雑誌、楽しかったライブのグッズをぼんやりと眺める。わたしは何をしていたんだろう。この時間はなんだったんだろう。もっとやるべきことがあったんじゃないか。アイドルを好きなうちはそれ自体に意味があったはずなのに、何よりも重要でわたしにとって必要な体験をしたはずなのに、急に色あせて、なんの意味もないものだったように思える。ただの浪費だったように思える。わたしがアイドルを好きで、手元にある時間とお金とを全てそれに使っていた間に、同期は海外でインターンをしたり、資格試験の勉強をしたり、団体を立ち上げてりしている。わたしは何をしていたんだろう。一度だけジャニオタ自体を降りようとしたことがある。ジャニーズのグッズをまとめて引き取ってくれるところにダンボールいっぱいの青春を送って、「1400円」という査定結果が返ってきた。
そういう結果があるとわかっているから、好きという気持ちが枯渇したってわたしはしばらくそんなはずはないと足掻いて、推しのせいにしてみたりして、忙しさを作ってみたりする。その移行期間ほど惨めなものはないのだ。
だから、好きな間は、好きという気持ちが潤沢に無限に湧き出てくるような気がしている間は、推しを推してるこのキラキラした気持ち、時間を大切にしたいし、それはわたしにとって意味のあることなのだ。そう言い聞かせて、またクレジットカードを切った。卒論を書き終わったらバイトをたくさんしようと思う。推しに会いたい。


2020.1.1 スズキアイコ