jonny's 関ジャニ KAT-TUN

来る日も来る日も

好きなことを好きと言ってみたくなった。

ジャニーズに文字通り生かされてる話



おそらく、重軽度の希死観念を持つ人の多くが「ジャニーズなんか聞くやつは自殺したいなんて考えたことないんだろうな」と思うことだろう。

でも、わたしはジャニーズのうわべだけのような言葉に、たしかに生かされてる。そういう気持ちをどうにか表したくて文章にした。なんだか暗くなってしまったけど、それなりに生きています。特にいまわたしを希死観念が襲っているわけではないことをご理解いただいた方が、この記事の後味はいいと思う。




わたしは少なくともここ最近、「病んでる人」にカテゴリーされる人間ではないと思う。精神科医にもかかってないし、過食だってやめたし、寝る前のお酒もほとんどしなくなった。座り込んで便器に向き合う時間はほとんどなくなったし、大学で講義を聴きながら泣くこともなくなった。空いている時間にはジャニーズの明るくメジャーな曲ばかり聞いている。「明日は今日より素晴らしくなる」「世界は変わる」「平和を祈らない人なんてきっといない」。そんな言葉ばかり聞いている。


昨年だろうか、長年続いていた鬱々とした気分がようやく結実したかのように、毎日「死にたい」と思うようになった。この「死にたい」っていうのは実際に手首切ったりODしたりにわたしの場合ならなかったんだけれど、でもとにかく毎日「自分は生きていてもしょうがないからなるべく早めに死んだほうがいいな」という実感を抱えて生きていた。わたしが生きていることで、友人や家族を傷つけている事実があった。たとえば電車が走り込んでくるとき車が行き交う交差点の前に立ったとき大学の学部棟10階で窓が開くことに気づいたときトマトを切る前に包丁を研いだとき。あ、死ねるかもな、という感覚が心を冷やした。


某政治家の「生産性」発言じゃないが、わたしが生きていて何かしらを生み出すとは思えなかった。

世の中の生産性のある人というのは二種類いると思っている。ひとつめは、人類に貢献するような仕事をする人。エジソンとかピカソとか。ふたつめは、自分の身の回りの人を幸せにできる人。

わたしは少なくとも前者に当てはまらないことが大学に入ってようやくすとんと落ちた。わたしは志望校に合格して○大生になったのに、何者にもなれなかったのだ。それは、うっすらとした絶望に似た感触を残した。

となると後者だが、わたしは恋人もできたことがないし友人との関係も口論になって壊してしまった。他人の話を肯定してあげるのが下手くそだ。後者の生産性も期待できそうにない。

わたしは生きているだけで周りを不幸にし得るし何かを成し遂げるわけでもない。そして何より、自分が生きていることでわたし自身が幸せにならない。

それなら、生きている意味ってなんだろう。そんなもの、ないんじゃないか。生きてる意味がないなら、死んだほうがいいんじゃないか。そんなことを一年中考えていた。

そしてその結論が「わたしに生きる意味も価値もない」と、この春だろうか、でた。

それが体に染み込んだとき、わたしはようやく「死にたい」と思わなくなった。


「生きる価値がなければ生きていてはいけない」というわたしのそれまでの価値観が「いま死なないでいるからとりあえず生きている」に塗り替えられたのだと思う。だからいま「なんで生きてるの?」と問われたらわたしはまた「え、死んだほうがいい?」と思うだろう。わたしの心が強くなったわけではないのだ、決して。弱いところを見なくなっただけで。


わたしがいま好きなアイドルは「君は思うよりずっと先に行ける」と言う。「まだまだ終わらない」と「世界はどんどん素晴らしくなる」と言う。

わたしはわたしが思うところまでしかいけないし終わりがないことを希望と思える人ではない。わたしは世界に平和を祈らない人がいることを知っているし、愛は少なくともわたしの人生においてなんの意味ももたらしてこなかった。

けれど彼らの言葉で目を塞いで感覚を麻痺させて、そうやって目の前の小さな人生を大きな航海のように見据えて、ようやく息ができる。わたしの人生に意味があると彼らの歌を根拠に規定する。本当にそうであるかどうかなんてどうだっていい。「わたしには生きる意味がある」と、感覚を麻痺させないと「死ぬべきではないか」と考え始める。でもいま死なないで生きている以上、「死ぬべきではないか」と考える時間は苦痛でしかなくて、それから逃げるためには「生きる意味がある」ことにするしかないのだ。

彼らの歌う世界はこれからどんどん素晴らしくなる。だからそうであると信じる。現実ではないもしかしたらありきたりな彼らの言葉が生活の糧なのだ。

世界が上向きであると信じることでしか、わたしはいま息ができない。ジャニーズの、関ジャニ∞の言葉に歌に生かされている。



2019.3.28

ススギアイコ