jonny's 関ジャニ KAT-TUN

来る日も来る日も

好きなことを好きと言ってみたくなった。

ジャニオタエゴイズム

「わたしたちがアイドルを殺してしまう」例にもれず大倉くんのJ-webの連載を読んで、久しぶりにその感覚を思い出した。

私がジャニオタやってて一番怖いこと、それは推しがアイドルであることを辞めてしまうことだ。

 

 

私は2011年の春に、手越祐也に堕ちてジャニオタになった。それからもう7年。私は自分が推しているグループからの脱退を4人分、経験した。

はじめは忘れもしない、2011年10月7日。山下くんと錦戸くんがNEWSから脱退した。また会いましょう、LIVELIVELIVEでは言っていた。だから私はそれを信じて、半年以上、新曲はおろかグループ全員でのバラエティ、ラジオ、雑誌露出がひとつもないなかで待った。あの頃のNEWSのファンは本当に「また6人で、きっとあと少しで」、そう信じていたのだ。今思えば馬鹿みたいに。

 

そのときに思った。

アイドルが何を望んでいるのかなんて、ファンにわかりっこないのだ、と。彼らが脱退を決め、そのタイミングを話し合っている間も、私たちは次の新曲はどんなものだろうか、年内にツアーはあるだろうか、なんてそんなことを呑気に考えていた。彼らもそれを望んでいるけれどタイミングが合わないだけなのだ、と。

 

NEWSがほとんど活動をしていなかったそのころ、対照的に同世代のKAT-TUN関ジャニ∞はシングル連続リリースなど、かなり露出が多かった。今よりはグループ数も少なくて歌番組も豊富だったし、ギリギリ派閥が割れる直前だったからただただ楽しいだけだった。最初はNEWSのメンバーだったから錦戸くんを好きになりたくて、そのもう1つの仕事として関ジャニ∞を見ていただけだったが、当時の錦戸・赤西・山下の赤西軍団やSUMMARY・DREAM BOYSといった共同の舞台から、私は彼らに代わりにはまっていき、KAT-TUNを自担とするようになった。

 

KAT-TUNというグループもまた、赤西仁という大きな穴ができたばかりだった。

でも、だからこそ結束しているように見えた。もう二度と。その言葉を積極的にメンバーたちが口にした。

 

私は赤西くんの脱退や留学、それに伴う人間関係について、当時発達していた個人ブログから必死に調べた。なぜ脱退したのか。なぜアイドルではいられなかったのか。それがわかれば、もう傷つかずにアイドルを好きでいられる気がした。

 

そして2013年、田中聖が脱退。2016年、田口淳之介が脱退。

 

そのたびに週刊誌に取り沙汰される脱退理由。熱愛、ストレス、不仲。

 

ぜんぶぜんぶ、私たちのせいじゃないか。

 

熱愛が悪いか。ジャニーズは恋愛禁止じゃないのに、彼女がいると叩かれるのか。ファンが減るのか。だからアイドルを辛く思うのか。

ストレスが大きいか。ヤラカシが生活を逼迫させるか。普通の生活が送りたいか。匿名の袋叩きにあうのか。だからアイドルを諦めてしまうのか。

グループの仲が悪いか。強制的に形作られる関係性のなかで息ができないか。一度口論しただけのことが取り沙汰され気まずいか。もう部活のようにやっていた頃に戻れないことが寂しいか。だから、アイドルでいられないのか。

 

だから、アイドルをやめてしまうのか。

 

それは、ファンが悪いじゃないか。

愛なんて好きなんて綺麗な言葉でラベリングしただけで、私たちは結局アイドルを苦しめてる。ヤラカシなんかはもってのほかだけれど、好きでいる、ただそれだけのことが彼らを苦しめることがある。KAT-TUNというグループを、一世を風靡した、狂信的なファンが多数ついた、あのグループを、好きになって知ったことだ。

 

「顔しか知らないのに何で好きなんて言えるんだ」なんて、そんなこと説明できないよ。だってそういうコンテンツじゃん。

でも、彼らのうちのいくらかは、自分を“そういうコンテンツ”の中にこれ以上置いておけない、とアイドルであることをやめてしまう人もいる。

それはそれで正しいのだ。わかっている。生きるべき道がアイドルじゃなかった。それだけだ。

 

だけれど、それでも、不変を願ってしまうのだ。

日常に少々の不満はありつつも、想えばそれだけで癒されるコンテンツであってほしい。もう二度と会えない6人の5人の4人のKAT-TUN。4人のKAT-TUNが今回のツアーで最後だなんて思いたくなかったし思わなかった。次があると疑わないから存分に愛せたし楽しめた。

びくびくしながらするオタ活は疲れる。好きだけれど失う恐怖とそれを招きかねないファンとしてのふるまいの正解がわからず、私はKAT-TUN担をおりた。*1

 

 

以下はそのころ、つまり2~3年前に書いた日記だ。あまりに暗いもんで外にはださずに置いておいたけれど、なんとなくもう時効かなと思うので出してみる。

 

私はもう、ひとりだってアイドルを失いたくない。傷つけたくない。

もう誰にもアイドルを傷つけてほしくない。

 

どうか、みんなにとってしあわせな世界になりますように。

 

 

 

 

 

***

 

 

J-FRIENDSとYOU&Jは似て非なるものだな、と感じる。

バレーボール急造ユニットのV6とNEWS。バンド形式でバラエティ進出の著しいTOKIO関ジャニ∞。そして、KinKi Kidsの血を引く(語弊がある)KAT-TUN

 

J-FRIENDSの正統な継承者を選ぶなら、どっからどう考えても、YOU&Jなのに、この2つの団体はあまりにかけ離れてる。

それを感じさせる最も大きなものは、YOU&Jのグループにはすべてから脱退者がいることだ。関ジャニ∞が7人な話は有名だし、NEWSもKAT-TUNも、10周年を前にして、当初の半分の人数になってしまった。

一方のJ-FRIENDSは誰一人欠けることなく、全グループが20周年を迎えようとしてる。*2

 

けれど、安定を求めてJ-FRIENDSを担当にした今でも、わたしは恐れてる。

 

いつか、わたしの好きなアイドルを見ることができなくなるのではないか。いつか、解散してしまうのではないか。いつか、脱退してしまうのではないか。

 

アイドルグループは象徴だ。

ファンは「V6」や「KAT-TUN」という実体のない象徴を愛し、アイドルは「ファン」という形のない大きなものに愛される。

 

ただ、ある日突然集められた人間たちが、社長から名前をつけられた。それを神聖視することもできるが、私にはそれは恐ろしい事実だ。

だって、社長が名前をつけなければ、存在しないのだ。

私たちが運命とか奇跡とか呼んでいるグループは、本人たちの意志で始まったものですらなかった。ただの偶然で、気まぐれで、もしかしたら一時だけのものだったそれに、歴史という付加価値がついただけで、私は決して崩れ去ることはないと、そうであるべきだと信じていたのだ。

 

アイドルグループとは儚いものだ。

なぜなら、それは象徴でしかないのに、一定期間を過ぎた後(商業的高価値を失った後)は、本人たちの意志でしか存続し得ないからだ。

 

 

 

わたしは、アイドルにいくらでも恋愛してもらいたいと思ってる。ソロコンでもソロ舞台でもドラマでも映画でもバラエティでも、好きなことをやればいいと思ってる。

なぜなら、怖いからだ。

いつかアイドルであることを、このグループであることを、負担に思って、止めてしまうのではないか。

恋愛も自由にできないアイドルという仕事を負担に感じてしまうのではないか。

アイドルであることとソロでやることの両立は不可能だと、そしてそれならソロを取ると思われてしまうことが怖い。

 

本当は、ソロの仕事の楽しさなんて知らないで欲しい。仕事も忘れる灼けるような恋なんてして欲しくない。

 

本当は、アイドルとしてのグループの仕事に縛り付けていたい。

 

でも、それでは仕事さえなくなるだろうし、恋愛禁止は徒らにアイドルであることを辛いことにするだけだ。

 

だから、せめて、アイドルであることを嫌いにならないで欲しい。

私はアイドルの恋愛を許容する。アイドルの恋愛を許容できない人にしてほしいと望む。

 

私は彼らにプロとして成長してほしいなんて、彼らのためを思ったことは言えない。

わたしは彼らを甘い砂糖に漬け込んで、ダメ人間にしてしまったとしても、彼らにアイドルでいて欲しい。彼らがアイドルであることに誇りを持っていなくたって、アイドルでありながら無気力だって、構いやしない。

不安になりたくない。もう失いたくない。

ごめんなさい、これが全てです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズキアイコ

2018.11.8

 

――K.A.Nの入所を祝して

*1:そのあとキンキ担になったが、ここでも結局は同じことで、ジャニーズで担当Gを作ることをやめた

*2:当時