jonny's 関ジャニ KAT-TUN

来る日も来る日も

好きなことを好きと言ってみたくなった。

そのとき、ジャニオタが動いた≪エロい曲編≫

エロい曲がかっこいいというのは、いつから始まったのだろう。*1

私の永遠の推しはKAT-TUNだが、KAT-TUNは1stコンサート(2002)時点で既に腰振ったりなんだりしていたし、デビュー前後の曲は結構エロい。でも、V6のデビュー当時なんかを考えてみると(1996)、デビュー曲「MUSIC FOR THE PEOPLE」や「TAKE ME HIGHER」など、当時のかっこいい曲は全然エロくない。しかし、「Supernove(2011)」などはもう完全に200%エロい。

 

いつから、ジャニーズの「かっこいい」は「エロい」に寄って行ったのだろう。

 

以上のようなことをなんとなく疑問に思っていたので、この度昔の曲の歌詞をぐぐりまくって1つの結論に至ったのでここに記す。

ジャニーズの「かっこいい」が「エロさ」じゃなかった時代、そして「エロさ」の登場と定着、現在に至る、の3段階に分けて解説していく。

 

光GENJIという成功体験

そもそも、ジャニーズの「かっこいい」は最初は「エロい」に近かったのだ。というのも、少年隊の「仮面舞踏会(1985)」のあの腰を突き上げるフリは有名だし、

こんなにも感じているじゃないか

なんてわかりやすい言葉も入ってきている。

www.youtube.com

しかし、おそらくこれが変化したのは、光GENJIの登場だと思う。

1987年にデビューし、1995年に解散した光GENJIは、未だにジャニーズ最大のヒットグループだと言われるほどの社会現象になった。

この経験はジャニーズにとっての忘れがたい成功体験となり、その後しばらくのジャニーズを大きく変えた。

ここで、光GENJIの当時メンバーを思い返してみると、最年少の佐藤アツヒロは14歳。中学生だ。

かなりフレッシュな魅力で売っていただろうことは、ヒット曲「ガラスの十代(1987)」からも読み取れる。

ここで、ジャニーズはその成功体験から意識的・無意識的のどちらにせよ、さわやかでフレッシュなアイドル像を打ち出すようになる。

SMAPはそれまでのアイドル像を変え、バラエティー番組に進出することでジャニーズ、そしてアイドルという存在を変容させたが、曲自体は「エロい」方向に回帰するというよりは「さわやか」「やさしさ」のようなものがキーワードとなるような曲が多かった。

 

 

アイドル自身による下からの革命

ここで、今回の疑問の答えを端的に記すと、答えは2000年前後にある。

それは、光GENJIのときのような上からの変革ではなく、アイドル自身からの下からの変革だった。

それは、2つの要素に分けることができる。

 

  1. 堂本剛らの反抗期
  2. ジュニア黄金期の到来

 

 まず、1.堂本剛らの反抗期、について。

Jフレが強かった頃のジャニーズは、というかTV業界は今よりかなり息苦しかった。また、ヤラカシへの対策が十分になされておらず、労働環境としてはかなり劣悪だったと言えよう。

また、1990年代末の世紀末独特の閉塞感のなかにあった。

その頃の堂本剛岡田准一の同居に表れているように、何かしらの反抗をしたいという考えが、ジャニーズの若手のなかにあり、またそれを「かっこいい」とする風潮があった。

そのなかで、堂本剛はソロコンで煙草を吸いながらギターをかき鳴らしたり、岡田准一カラコンをしたり、といった時代だった。またジュニアはそれに憧れた。

わかりやすいのは、

 

ROSSO E AZZURRO(通常盤)

ROSSO E AZZURRO(通常盤)

 

 に収録されている、「溺愛ロジック(2002)」あたり。

抱いて 抱いて 抱いて 抱いて ズキドキさせて

心臓揺さぶってくちびるふさいで 体温を頂戴 

誰も知らない 誰も知らない

真実のバラ

腰を振るのは あなたの鼓動のなかだけ a ha ha

 

息ができない 苦くて飲めない 

 

エロいね。ジュニアも少クラで歌ってました。

これだけではなく、同アルバム内「Purity」は繰り返し「愛してしゃぶってキスしてたい」と歌っている。

反抗期のなかでこういう方向にいったのはおそらくその時代にはやっていた音楽もあって、ポルノグラフィティサウダージ」が流行った時代とちょうど被っている。

おそらく、これまでのジャニーズのイメージを覆すべく進んでいったのが、「煙草、酒、セックス」といったロックンロールのイメージだったのではないかと思う。

そしてそういう理念的なセックスが、いつしか即物的「エロい」になったのだ。

それは、堂本剛のソロ活動に最もわかりやすく表れていたが、KinKi Kidsの曲のなかにも現れ出ている。

例えば、「欲望のレイン」(2001)

欲望は拒まれて 荒れ狂う熱を持つ

すずしげにそこにいた君は 今夜ちがうパフューム

かなり即物的な表現になってきたんじゃないだろうか。

 

 

 

そこで、2.ジュニア黄金期の到来について。

これらの堂本剛らの動きを取り入れる層としてのジュニアが大変分厚かったというのは、間違いなく「エロい」が「かっこいい」として定着した理由の1つだ。

 

ジュニア黄金期はおおよそ1998年頃からと言われている。

KinKi Kidsのデビューが1997年で、タッキーの「魔女の条件」が1999年。

この時代のジュニアはジュニアだけのコンサートの規模をどんどん広げていき、ドラマに出演し、バラエティーを持っていた。最高にのりにのっている時代だ。

当時のジュニアには滝沢秀明今井翼をはじめとして、東にはいまの嵐、KAT-TUN、当時の4TOPS、小原裕貴くんなど、そして西には関ジャニ∞と本当に人が多かった。

堂本剛らの「セックス」への志向をいちはやく取り入れたのが、彼らジュニアだった。

2002年のデビュー前後、タッキーは「エロエロダンス」という腰振りをコンサートに取り入れていた。また、そのバックについていたKAT-TUNや4TOPSらのジュニアたちはそれを自身らの舞台、コンサートに取り入れていった。

KAT-TUN関ジャニ∞が1日5~10公演やっている時代で、NEWSとKAT-TUNのSUMMARY(2004)、KAT-TUN関ジャニ∞が出演したDREAM BOY(2004)とDREAM BOYS(2005,2006)などに毎日出演していた。また、ザ・少年倶楽部や裸の少年などにも出演しており、その気になればインターネットでその感想を調べることだってできる時代に差し掛かっていた。

そのため、彼らは近い距離で客の反応をダイレクトに感じて、そしてそれに応じるという繰り返しのなかで育ってきたジャニーズであり、その意味で「エロい」ということにファンが反応するということに気づいたのだ。

 

例えば、今では伝説となった4TOPSの「欲望のレイン」

や、赤西と亀梨のBonnie Butterflyなんかがわかりやすい。


KAT-TUNKinKi Kidsのバックダンサーとして結成されたことや、タッキーにかなり近い位置にいたことから、その「エロさ」をかなり色濃く継いだグループと言えるだろう。

 

「欲望のレイン」や「Bonnie Butterfly」が神格化され、未だにジュニアにシンメ曲として歌い継がれていることと、この理念としてのセックスから派生したエロさは、無関係ではないと思う。

KAT-TUNや4TOPS、当時のジュニアはKinKi KidsやComing Centuryらの苦悩から生まれたセックスに依拠することで、その「エロさ」に説得力を持たせることに成功した。また、その「エロさ」はファンの子宮を直撃することから、それ以降のジャニーズにとって「エロさ」はお家芸として引き継がれていくようになるのだ。

 

その後の「エロさ」の広まり

以上のような歴史をたどって「エロさ」が誕生した。

最初は、震源地であるJ-FRIENDSのソロ活動、ユニット活動から派生して、ジュニアの方に浸透していった。

 

KAT-TUNの2002年頃の持ち曲「HEARTBREAK CLUB」は、当時ではジュニアだからできたのであろうかなり過激な歌詞となっていて、その後の片鱗を覗かせている。

ふてくされたみたいに とんがったその胸も

やさしく刺激してやる 

そのまんまの描写ですね。

他にもKAT-TUNは「SADISTIC LOVE」(2009)といったやべえ曲ももっているのだが、他のグループとて「かっこいい曲」には「エロさ」が付きまとう。

特に、YOU & JはJフレやタキツバにかなり影響を受けており、NEWSの「バンビーナ」(2008)

甘すぎる声を 張り上げて 

壊れるくらいに いかせてやる

もっと感じさせてやるよ

もかなりわかりやすい。これは手越がファンのブログ等を読む中で「どうもこの曲が人気らしい」と知ったため、しょっちゅうライブでも歌われている。

関ジャニ∞だって顕著で、「Dye D?」(2011)では、メンバーの安田章大作詞曲で

嗚呼 当夜も想い彷徨って

狂恋の果てに血迷って

冒涜に身体汚れて

とまで歌ってしまう。メンバー作詞曲でのエロさってたまんないね。

 

そして、この新しい「かっこいい」の表現方法は上にも下にも伝播していくようになる。

SMAPでいうと「Battery」(2013)。V6なら「Supernova」(2013)。どちらもかなりえろっちい。

腰振りだけでなく、言葉としてのエロさがわかりやすく導入された曲はこのあたりなのではないかと思う。

 

また、当初の理念が「事務所や大人への反抗」としての「セックス」だったということもあり、大手を振ってこの「エロさ」を外でできない場合もある。そのため、ライブやアルバムのみで披露されるソロ曲やユニット曲で「エロさ」はよく披歴される。

 

例えば、赤西仁のソロ曲「PINKY」(2006)では、女装した田中聖にフェ〇チオさせて腰を振っている。これが私の見たなかでもっとも「そのまんま」なエロだ。ただし、赤西のこのエロさはどちらかというと、滝沢の「エロエロダンス」の系譜を継ぐもので、堂本剛の「エロさ」を継ぐのは、彼ではないように思える。赤西仁、およびKAT-TUNの音楽のもとはロックではなく、洋楽しかもEDM系だからだ。

堂本剛のエロさはあくまでロックのエロさであり、クラブで女ひっかけてウェーイ!というよりは、「あなただけ」という狂信的なエロさがある。それで言うと、関ジャニ∞の安田・渋谷のユニットによる「desire」(2008)は堂本剛に近いエロさがある。

きつく抱いて 貴方だけで

汚して 止めないで

行かないで 繋げて

飲み込めるわ あなたを

ここではなして

女性詞なこともあり、すごく「溺愛ロジック」っぽい。 「あなただけに愛してほしい」の手段としてのセックス。快楽はあくまで二の次なのだ。

 

もちろん。YOU & Jでこの「エロさ」の系譜が途切れたわけではない。

YOU & Jとほぼ同時代に幼いながらも「エロさ」を目撃していたHey! Say!  JUMPからは、伊野尾と八乙女のユニット曲「今夜貴方を口説きます」は、もう下ネタレベルの「エロさ」。

引用しようにも全部読まないと面白くないと思うので、リンク先で読んでほしい。

utaten.com

 

あとは、YOU & Jの背中を見て、それに憧れて「エロさ」を学んだパターンもある。特に、今はもういないが、赤西仁に憧れるジュニアは後を絶たなかった。

 

また、Kis-My-Ft2はずっとKAT-TUNのバックをやっていたこともあり、KAT-TUNよりのプロデュースがなされていた。そのため、デビュー前は「FIRE BEAT」でエロさを前面に押し出していたように思う。

 

 

以上のように、ジャニーズの「エロさ」は若手の反抗期に始まり、それを本人らが「かっこいい」と感じたからこそ浸透して今に至る、と考えることができる。

 

 

 

今日はもう眠いのでここまで。

おやすみなさい。

 

 

 

スズキアイコ

2018.10.28

 

*1:エロい曲はかっこいいというのは前提です