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来る日も来る日も

好きなことを好きと言ってみたくなった。

秋元康とつんく♂――アイドルの孤独とパフォーマンスと物語

 最近女性アイドルにはまっていました。

 守備範囲は基本的に乃木坂なんですが、48Gや欅、ハロプロにも興味がありまして。

 その結果、なんとなくもった秋元康さんとつんく♂さん(以下敬称略)の印象を書き留めておきたいと思います。初心者の戯言だから怒らないでね。

 

 秋元康AKB48以来プロデュースしているのは、大人数グループ。AKBのキャッチフレーズが「会いに行けるアイドル」だったことに代表されるように、身近なアイドルがテーマだったみたい。CDについている握手券や総選挙といった手法が当時真新しくて大流行。最盛期の神7は、卒業後も各界で活躍していたりする。一方で、AKBに入れたとて、名前をほぼ残せずに消えていく子も多い。それからよく語られる短所として、踊りや歌が比較的不得意な子が多い。これは、清楚系で人気のでた46グループもほぼ同じ。逆に言うと、歌や踊りができなくても、顔がかわいければ、バラエティができれば、売れることができる。

 これに対するつんく♂プロデュースのハロプロあたり*1は、1グループの人数が一桁だったりと、かなり少ない。歌や踊りがうまいことで有名。大体みんなソロが歌えるし、フォーメーションダンスもすごいし、個人個人のダンスレベルが高い。ただ、秋元康プロデュースのグループに比べると、CD売り上げや知名度はかなり低い。知る人ぞ知る、玄人向けのアイドルみたいな印象。

 

 ところで、AKB最盛期によくCMの流れていたドキュメンタリーを私はよく思い出す。これもよく言われていることかもしれないが、秋元康のグループは、ストーリーを売っている。彼女たちには物語がある。“普通”の女の子が、何万という人間の瞳にさらされて、そのストレスで過呼吸になるシーンが、(意地悪な言い方をすると)切り売りされていた。

 AKB最盛期に神7と呼ばれた人々、とりわけその中でセンターとして立っていた前田敦子は、ミリオンセラーを得ると同時に、何千、何万という悪意にさらされていた。グループ内で競わされ、巨大なグループの中に、もし悪意が隠れていても、あるいは隠れてすらいなくても不思議ではない状況。

 だからこそ、彼女はアイドルだった。

 (わかりにくいけどちゃんと説明すると↓こんな感じです)

 これはジャニオタ時代からの私の持論だけれど、アイドルはどうやったって、孤独だ。だからこそ、仲良しこよしではなくとも、ジャニーズのグループの中には不思議な共犯関係のような絆が生まれるんだと思っていた。同級生と一緒に遊んでいたら絶対に勝ちあがれない。でも、グループの中だけでは、協力し合うことで生まれる魅力がある。だから、ジャニーズのアイドルは孤独だけど、決して独りじゃない。同じ境遇の人間がいる。

 これに対して、前田敦子は、AKBでただ独りのアイドルだった。少なくとも、独りに近かった。仲のいいメンバーはいただろう。でも、彼女と彼女以外では、グループの中で背負っているものが違ったはずだ。前田敦子は確かにAKBの顔だった。よくも悪くも。大島優子がセンターを代わったこともあった。曲によって別のメンバーがセンターに立つこともあった。でもいつなんどきも、AKBのセンターは、顔は、前田敦子だった。そういう意味で、彼女は孤高のアイドルだった。

 ということはつまり、AKBに存在したアイドルは、前田敦子だけということになる。彼女が卒業して、あの頃の神7が卒業して、もう随分な時間が過ぎたけれど、それでも、AKBの中にいる以上、前田敦子には勝てっこない。今でも、AKBの顔は前田敦子という偶像だ。AKBは前田敦子というアイドルを作り出すための機関だった。

 これは同じことが他のグループにも言える。乃木坂では生駒里奈が、欅坂では平手友梨奈が、そのグループの顔だ。秋元康のグループは各グループに一人のアイドルしか生むことができない。

  つんく♂のグループはこれと対照的な造りをしていると思う。どちらかというとジャニーズに近い。もちろん、つんく♂のグループにもセンターはいる。けれど、人数の少ないつんく♂のグループでは、誰も匿名になりえない。そして、順位もつかない。だから、背負うものがひとりひとり近くなり得る。例えば、モー娘。なんかを考えると、確かに道重さゆみはとびぬけた存在だったかもしれないけど、歴代のモー娘。を考えると、他にもとびぬけた存在はいたはずで、少なくとも誰が一番だったかという論争は起こりうる。道重さゆみモー娘。にとってのただ一人のアイドルではないということだ。だから、他のメンバーに近い位置にいた。少なくとも、前田敦子よりは。

 つまり、つんく♂のプロデュースでは、孤独のアイドルが集まってグループができる。普通の女の子が集まった中で孤独なアイドルが生まれる秋元康のグループとは、そういう面で対照的なわけだ。

 

 秋元康のグループはストーリーによってただ独りのアイドルを生み出す。だから、歌やダンスは本当のところ、飾りでしかない。ストーリーを彩る飾り。だから、秋元康の作る音楽も音楽である必要すらない。キャッチ―なメロディーにキャッチ―な言葉を乗せればいい。口ずさみやすければなおいいが、それはどんな音楽でもいい。誰もが一度聞けば口ずさめる単純さ。秋元康は音楽をプロデュースしているんじゃない。秋元康がプロデュースしてるのは、彼女たちの人生であり、物語だからだ。ある意味当たり前だけど。秋元康は作詞家であって作曲家じゃないし。秋元康のすごさは、彼の作る物語にこそあるのであって、音楽性をつんく♂と比べる必要性すら、本当はない。女優としてのアイドルは美人に越したことはないから、秋元康のプロデュースでは、きれいな人は多い。その方がファンもつくし、説得力も増す。ただ前田敦子に代表されるように、完璧な美人というよりはどこか欠けた個性的な美人が多いという特徴もある。

 それに対して、つんく♂のグループは、歌もダンスもレベルが高い必要があった。

 つんく♂のグループが売っているのはその物語じゃない。むろん、物語はある。人間が集まっている以上、物語はどうやったって生まれる。けれど、売り物はそれじゃない。つんく♂の書く音楽と、クオリティの高いダンスだ。だから、つんく♂のグループはわかりにくい。まずつんく♂の書く音楽がわかりにくい。キャッチ―ではあるけれど、つんく♂の音楽は、決して耳通りのいい付属品じゃない。だから、全員には好かれない。根本としてアイドルが好きな人にしか魅力が伝わらない。あと、物語で売っているわけじゃないので、アイドルは女優じゃないし、歌やダンスが重視されるから、顔面の美しさが軽視されがちな部分もある。だから、いっそう一般受けしないのかも。

 

 今の時代つんく♂のグループは売れにくい。もしかしたら、つんく♂のやり方の時代は終わったのかもしれない。他でもない、秋元康の手によって。

 

 文章がうまくないので、私のことを秋元康アンチだと思った人がいるかもしれないけれど、それは違う。むしろ、AKBも坂道も好きだ。だけど、それは彼女たちの物語が好きだっていう話でして。アイドルは音楽の時代から物語の時代に移ったのかもしれない。あれだけクオリティの高いダンスで魅せるPerfumeもドキュメンタリーを出しているし、物語を売ることは悪いころではないと思う。*2

 

 とりあえず今は、欅に変わりつつある時代の流れを楽しみつつ、ハロプロを学んでいきたい所存です。こんなに語っておきながら私全然ハロプロ詳しくないんだ。

 以上、ENGEIグランドスラムを見ながらお送りしました。

 

 2017年5月6日

 スズキアイコ

*1:この界隈の分類難しくない?

*2:ただ、本人たちへの精神的負担は大きくなりそうだけど