jonny's 関ジャニ KAT-TUN

来る日も来る日も

好きなことを好きと言ってみたくなった。

伝説のシンメ・仁亀エピソード全集

2019年の平成の終わるこの年に仁亀がジャニーズ楽曲大賞コンビ部門24位だってよ~~~~~!!!!!そんなことがあっていいのかよ~~~~~人生。

だってオタク、7年くらい前まで「ろくーん派ブロックします」とか「仁のいなくなったKAT-TUNとか(笑)」って戦争してたじゃん。お前らどうちゃったんだよ。あの血を血で洗う日々を忘れたか? 充電期間に丸くなったか? しっかりしろよ。お前の長く伸ばしたその爪は、真っ赤な口紅に映える歯は、銃やナイフのペンライトは、何のためにあるんだよ。

解釈違いオタクを暗殺するためだろうがよ!!!!!!!

 

ジャニーズブログランキングを片っ端からブクマして毎日訪問する日々を忘れたか? たまにアメ限記事をあげるブログをただただ眺める日々を忘れたか? 空メにたまったエピソード集はどこへ行った。

 

そう。空メ。

 

昔「仁亀 エピソード」「ロバ丸 北海道」と検索してきたらでてきたあのサービス。わたしの記憶が正しければ、もう5年くらい前にサービス停止したあれ。たまに夢小説踏んじゃうりなんかする、治安の悪いインターネットだったあの頃。検索したら空メなんて存在しなかったみたいな検索結果になるんだけど、あのサービス空メって名前じゃなかったっけ。メール配信のあとを残しておくやつ。違うのかも。〇メ。モバメしか思いつかねえ。わたしも現代のオタクになってしまった……。

とにかく昔はそこに何でもあった。本当になんでもあった。オタクの感情を排したエピソード集なんかも出典込みで書いてあって、わたしは中古のジャニーズグッズ販売を専門とする中野のTRIO 3(閉店済)に通ってその文献を漁った。

 

しかし時代は2019年。平成は終わるし、1人の不在を争っていたKAT-TUNからは2人が追加の脱退をした。YOU&Jは解体されたし、派閥ももうない。どれだけ探しても見つからなかった2003年10月号のMyojoはメルカリで600円だった。

 

何が言いたいか。

空メにあったエピソード集がネット上から消えた今、誰が仁亀布教するんだ!!!

 

いや、よく考えれば、仁亀を布教する必要はどこにもない。いまオタクになったって、その人が死ぬまでに同じステージに立つどころか、仁亀が会話をするかどうかすらわからない。しかし、わたしは知ってしまったのだ。絶滅危惧種だと思っていた仁亀担が、少なくとも248人いる。まじかよ。生命力やばい。供給ほぼないまま9年経ってんだぞ。それなのに、仁亀は姿こそ見えねどわたしたちの心の中に生き続けているのだ。仁亀は誰よりもオタクが多いシンメじゃないかもしれない。でも、誰よりもオタクの人生を狂わせたシンメだ。そう、ボロボロになるまで引き裂かれていても、おれたち訓練されたオタクには見えるんだ、仁亀の””””絆””””が

 

というわけで、わたしの死にかけのGoogle Chrome*1に残っていたエピソード集を以下に列記する。

・できるだけ出典込みにすること

原文ママにすること

・時代順に並べること

を心掛けるが、出典や文章に打ち間違い等のミスがあった場合はコメントでご指摘いただけると嬉しいです。また、このような情報を積み上げてこれらた、ブロガーさん含むさまざまなファンの皆様にこの場で御礼申し上げます。

 

ちなみに流れ的には、わたしは

入所~2004年はじめ:「仲良し」期w/山下、錦戸ら

2004後半~2006年:「微妙な距離」期

2007~2009年:「和解/ビジネス」期

2010~2016年頃?:「触れる者すべて傷つける」期

現在「すべてを許す」期

だと思ってます。はじめて仁亀に触れる方はそれくらいのテンションで読んでください。

 

1998年

11月8日

赤西仁亀梨和也ジャニーズ事務所入所(同期:中丸雄一、藤ヶ谷太輔ら)

赤西は亀梨を認識していたか不明。亀梨は赤西の「3本線のかっこいいジャージ」を記憶していた。

1999年

10月~「3年B組金八先生」亀梨出演

2000年

6月号(おそらく)Myojo/赤西、亀梨

赤西「カメの場合は気にしすぎだよ。繊細っていうか、ガラスのハートの持ち主だね。」

亀梨「クサい言葉使うね、お前……(赤面)」

赤西「とにかく、思いこみが激しすぎるんだよ(大マジメ)、ぶっちゃけちゃうけどさ、お前、自分はオンチだと思ってるだろ?」

亀梨「ドキッ。そ、それは……」

赤西「カメはオンチじゃないって。大丈夫。自信もっていいよ」

 

時期不明

亀梨、赤西「少年倶楽部」より「沖縄珍道中w/亀梨和也」2人+スタッフで沖縄旅行

 

2001年

1月号 Myojo/亀梨、赤西、山下

赤西「ザーザー降りの鎌倉、10年後とかにフッと思い出したりするんだよ、きっと」

亀梨「で、また鎌倉で会おうよ。10年ぶりの再会!」

山下「……再会ってさー、明日も会うんですけどー。俺の場合、いったん友だちになったら、一生もの。だから、10年後も20年後も遊んでるはずだなあ」

 

3月

KAT-TUN結成

SHOW劇SHOCK出演

「ヨルハコナイ」(「Moonlight」制作?)https://togetter.com/li/554273

 

2002年

3月号 Wink Up/亀梨・赤西

亀梨「2月はオレの誕生日なんだけど」

赤西「おぉっ、そうだ! 去年はオレ、ベルトあげたよね」

(略)

亀梨「とりあえずさぁ、舞台終わったらピーとかと、オレの誕生日会してよ」

赤西「いいよいいよ! 最近全然遊んでなかったから、みんなで久々にば~っと盛り上がりたいよね」

亀梨「懐かしのメンバーが恋しい(笑)!」

 

4月号? Myojo/赤西・亀梨・滝沢秀明

滝沢「ふたりの区別ついてないけど(いたずらっこの目)。髪型とか似てるよね」

亀梨「……全然似てないのに。むしろ俺は滝沢くんの髪型をマネてたのに……」

(略)

赤西「3回、(滝沢くんに)叱られたよね」

亀梨「うん。ヤマピーと俺たちがくだらないことでケンカして、3人が目も合わせなかったときも……」

滝沢「3人を呼んで、焼肉食ったよね」

 

7月号 Duet/赤西・亀梨

Q.亀梨くんと赤西くんは、これまでケンカしたことないって、ホント!?

亀梨「ホントです。ケンカなんて、1回もないよ」

赤西「え~、1回だけすごいケンカしたじゃん!」

亀梨「へ? そんなの、あったっけ? 何が原因でケンカしたんだっけ」

赤西「すげーくだらないことだったと思うけど、忘れちゃった(笑)でも、半年くらい口きかなくてさ」

亀梨「あ~、あったかも。ケンカっていうか、おたがい一線を引いてたよね。でも、しばらくそうやって遠目に仁を見られたから、オマエの本当の性格が理解できた。あれで、よけい仲が深まったよな。

 

7月

少年倶楽部」内コーナーで「ビューティフルハモリの王様」に挑戦

尾崎豊「I LOVE YOU」、SMAP「らいおんハート」を2人で、「愛のかたまり」を+山下智久で歌う。風間「これ変な意味じゃないですよ。あのね、レフェリー山下が入ったときが一番よかったかもしれない」亀梨「あのね、違う、これ2人と3人じゃこっちぜんぜんちがうんだよ」

 

8月号 Myojo/赤西・亀梨

亀梨「舞台『SHOCK』の稽古……がんばれないんだよ。がんばってるんだけど、全然セリフが上手に言えないんだ。ものすごくイライラした。あんまりごはんも食べられなくなった。ストレスとか、そんなんじゃないと思うけど、とにかく食べられなくて、体重がガンガン減ったんだ。ほおもコケたしね。仁がそんな俺をひそかに心配してくれてるの、気づいてるよ。『今日メシ食いに行こうぜ』って誘ってくれたり、『いい加減メシ食えよ』って兄貴みたいに言ってくれる。アイツとしゃべると気が楽になるよ。たぶん、仁が気楽だからだと思うけど。ヤツのそういうところ、すごくうらやましいよ。心から。(略)」

赤西「カメは、自分の中にためこむタイプなんだよ。毎日、会ってるから特にしゃべることないのになんとなく電話かけちゃうことがある。『今なにしてるの?』『帰るとこ』それだけで、会話終了。通話時間15秒なんてことがほとんどだけどね。逆に深い話になっちゃって、すごい長電話になることもある。俺たち、今、がんばらなきゃいけない時期だからね。作詞したり、後輩の面倒見たり(中略)作詞するのはすごい難しい。コンサートのときもしめきりに遅れちゃったし。何でだよーってすごく落ち込んだ。俺のせいで、その曲が聴けなかった人もいるわけじゃん? 俺がへこんでるときカメは何気に気を使ってくれるよ。『あれ、ケッコーよかったじゃん。』とか言ってくれるしね。『お前が素直だと気持ち悪いんだよ』とか言い返すけど、まあ、ケッコーいいとこもあんじゃんと思ってるの、これでも。今年は沖縄とかに行って思い切り遊べるといいよね。今年は、沖縄とかに行って、思いっきり遊べるといいよね。こんどこそ二人で丘サーファー卒業しような。絶対に。」

 

8月「お客様は神サマーConcert 55万人愛のリクエストに応えて!!」初の単独ライブ

 

10月号Myojo/赤西

「夜8時。やっと太陽が完全に沈んで、今日の記念にカメと俺はシルバーのリングを買った。あ、おそろいじゃないのよ。ペアリングだなんて気持ち悪くてできるか! そういいつつ『俺もさーもうオトナになんねーといけねえのかな?』部屋で夜中カメにぼんやり聞いてみた。(『は?俺は16歳だからまだ子供でいいけど仁だけオトナになれば?18だしさ』と亀梨)にくたらしいねえ。『俺も子供でいいんだよ、バーカ!』」

 

2003年

1月号Duet/赤西

「(亀梨は)1人で行動すんのが好きだよね。もうちょっとみんなで仲よく遊ぼうよ」

 

4月号Myojo/赤西・亀梨@九十九里

亀梨「ぶっちゃけ、17歳(当時亀梨は17歳誕生日直前)ってなんなんだろ~な?」

赤西「そうだなあ。中途半端な年だよなあ。俺もなんもしなかった。18になったら、自分が何ができるのか、だんだん見えてくるじゃん。免許もとりたいし、将来こうしたいって考えたりとかさ」

亀梨「17歳は18歳の準備期間かもしれないから、大切にしなきゃ」

 

6月号POTATO/山下智久

(赤西・亀梨との対談で)

「でもそれぞれお互いのことをちゃんと認め合ってるよね。俺も亀梨のB型っぽいところ(笑)とか几帳面なところ認めてるし。(「例えば?」と亀梨)ん~テレビのチャンネルを変えすぎるところ!(「ほめてないじゃん!笑」と亀梨)CMもちゃんと見ろ!笑」

 

7月号 Wink Up/赤西

「最近さぁ~付き合い悪いんだよ!(笑)KAT-TUNだと亀と上田が「ひとりでいるのが好き派」なんだよ。でもこの間二人で健康ランドに行ってきて楽しかった!」

 

 

9月号 Wink Up/赤西

Qカメのことをどう思ってるか

アホ仲間

 

8月

KAT-TUN 2003 Ko年モ Ah Taiヘン ThankU Natsu」名古屋公演

亀梨、バク転でステージから落ちる。

 

10月号Myojo

見ればわかる

 

12月初版発行「KAT-TUN 1st in NEW YORK」

中丸「亀梨って、どこか女の子っぽい部分があるような気がするんだよね。気まぐれで、オレなんかが気が付かないような細かい部分を気にしたり、よく男が言う“女の気持ちはわからない”って思うような感覚を、あいつに感じることがある(笑)。かなりクセのある性格だから、誰とでもうまくいくってタイプの人間じゃないけど、そこが彼の魅力につながっているんだと思う」「そんな亀梨とはまるで逆で、頭からつま先まで男なのが赤西。ごはん食べるのもフロも早いし、寝る格好も甚平、性格も超おおざっぱ……みんなが頭の中で想像する男のイメージ、ほとんどが赤西に当てはまると思うよ。赤西って、男から見て憧れるタイプの男性像なんじゃないかな。それでいて仕事に関しては、きっちり細かい部分も考えられるし、赤西を見てるとこっちも勉強になることが多いよ。やべ、ちょっとホメすぎた(笑)」

From BACK STAGE

「歌といえば、亀梨&仁は本当に歌好き。どっちかがアカペラで歌い始めると、片方がハモるの繰り返し」

 

2004年

赤西・亀梨・田口ハワイでキャメロンディアスを見る

1月号 Wink Up

亀梨「(大リーグ、ヤンキースレッドソックス、リーグ優勝決定戦の最終戦の)試合が終わったのが12時過ぎてて、結局ホテルに戻ってこられたのが夜中の3時くらいになっちゃったんだよね」

赤西「オレ、ちょっとうとうとしてたのに」

亀梨「あのときの仁、ごちそうを目の前にした、1週間何も食べてない人みたいな目をしてたね。“いいなぁ”って」

赤西「亀は興奮しすぎて、見えないものまで見てしまったんだね(笑)亀、ホントすごかったんだよ!(略)あのマシンガントークはダメージくらった(笑)」

亀梨「松井選手の2ベースヒットが目の前よ!(略)」

赤西「知ってる? その話聞くの、今日3回目(笑)」

 

1月~「DREAM BOY」初演w/関ジャニ∞*2

8月「SUMMARY」初演w/NEWSら*3

 

2005年

1月号 Wink Up/赤西・亀梨

亀梨「人見知りっていうのとは、ちょっと違うかもしれない。仲良くなれそうか、そうじゃないか、最初の1時間くらいで見極めるの。それでそうじゃないってわかったら、もうそこから先に進まないって感じ。でも、そのオレの変化みたいなものは、本人はもちろん、周りの人も見ててもわからないと思うけど」

赤西「でもそう思ってるんだろうなぁっていうのは、オレとかはなんとなくわかるよ」

亀梨「さすがに付き合い長いもんね」

(略)

赤西「これから収録スタジオに通うのが、大変そうだね。収録スタジオのそばに、アパートとか借りたいよね」

亀梨「いいねそれ! でもふたり暮らしは……」

亀梨・赤西(声をそろえて)「ない(笑)!」

亀梨「これで共同生活まで始めたら、24時間一緒ってことだもんね。それは耐えられない(笑)。」

 

 

1月~「ごくせん2」亀梨・赤西出演

 

2月

亀梨にズムサタからの誕生日の花束を赤西が渡す。

「ハッピーバースデー」を「赤西バージョン」で歌う。

 

3月号 duet/赤西・亀梨

赤西「でも、このまえいっしょの収録あったじゃん。あのときふたりで寝たよね、うちら(笑)」

亀梨「あー、倉庫で乱闘シーン撮ったとき?」

赤西「そうそう」

 

4月~「anego」赤西出演

 

8月「金田一少年の事件簿」亀梨出演

 

10月

野ブタ。をプロデュース」亀梨出演

「ごくせん同窓会スペシャル」亀梨・赤西出演

事前番宣番組

(お題:どうしても卒業できないこと)

亀梨「ご飯を残りのひとくち食べれないこと。。。」

赤西「だってね、おとといコンサートで何食った?って聞いたら、『ほうれん草のソテー』で終わってましたからね、1日。もうちょっとね、絶対食べた方がいいよ」

 

11月「青春アミーゴ」リリースw/山下智久

(亀梨はここでメンバーと決定的に溝が生まれたと考えていた(いる?))

※亀梨「1年で4日しか休みがなかった」「1日3時間睡眠が続いた」「体重40キロ台だった」時期

 

2006年

1月「DREAM BOYS」出演w/関ジャニ∞

29日デビュー会見

3月

17日「KAT-TUN SPECIAL TOKYO DOME CONCERT Debut "Real Face"」*4

うたばん出演

「この中に嫌いなメンバーがいる」「それは、亀梨くんだ」というトータライザーで結果「2人」

亀梨(スタジオを出ていこうとする)

メンバー「待てよ!」

亀梨「だっておれこっちいた方がいいですもん!」

中居「お前それはあれだよ!売れてっからだよ」

赤西「おい、戻ってこい(椅子を叩く)」

トータライザー「それは、1人だけアミーゴで先にいったからだ」→2人

聖「かめちゃん!!!」

中居「しょうがねえだろ!」

亀梨「え?」

赤西「大丈夫だよ」

中居「だってお前だけ先いっちゃったもんなあ」

赤西「大丈夫だよ、大人になれば変わるって」

中居「赤西いま打って変わったな」

聖「かめのせいじゃなくて事務所のせいっすよ」

赤西「そうそうそう」

 

22日CDデビュー

赤西「(亀梨について)亀梨はね、わからない」

 

7月

Mステで赤西に亀梨だけが誕生日(7/4)プレゼントを渡していないことを暴露される

「SIGNAL」

メイキング

「だめ」のイントネーションで「かめ」と言うことが流行る。

代替に亀梨「鼻(中丸)、禿(聖)、顎(赤西)」と捨て台詞。

 

8月

nonno

24時間テレビ「絆」

赤西「亀梨。ドラマ「ごくせん」では知らない共演者ばかりだったけど、現場に亀梨がいてくれて本当に助かりました」

亀梨「赤西とは何をやるにも一緒に、ぶつかりあったりとか、分かち合ったりとか、それがすごい多いメンバーでもあって、けどいざとなると、自分の弱い部分だとかもちろん、赤西の弱い部分だとか、お互いがギリギリになると、いざという時にはこいつと話してるのかなあというのがやっぱりあって、最近とかもね、色々あったりとかしても、最後には赤西もおれに言ってきてくれるし、おれも赤西に話して――。昔からすごい一緒にいたメンバーでもあったので、そういった意味では、これからもいい意味でね、刺激し合いながらもこのままの関係をしっかりと築いていけたらな、と」

 

10月12日赤西留学会見

亀梨「きのう電話で話した通り、行くからにはちゃんと勉強してこいよ。おれも、ドラマとかで色々学んでいくからお互い成長した姿で会えることを約束しよう」(コメントを中丸が読み上げる)

赤西「いいこと言いますね」

中丸「ねえ」

記者「昨日電話で話した?」

赤西「話しました。そのときに、いろいろ話して、まあ『行ってくるね』と」

中丸「ラフな感じですね」

赤西「そうですね。そんな重い……一生バイバイではないので」

 

歌笑 MIRACLE(BEST OF KAT-TUNより)披露

亀梨「探してた天使、いまはここに」亀梨・赤西「夢でも痛みでもくれ!」という落ちサビ前の立ち位置を赤西が間違える⇒亀梨がにやりとして蹴りをいれる

 

 

2007年

2月

パンフ撮りでKAT-TUN渡米、赤西復帰話し合い

4月

赤西復帰

 

8月

15日「カートゥンKAT-TUN哀川翔ゲスト回

亀梨のそっくりさんを赤西が街で見た話

 

9月号 MORE

「正直、オレは一度、自信を失いました。そちゃあ失いますよ(笑)。よくも悪くもいろいろ言われたし、全力でやってきたつもりが、6人の気持ちが一直線じゃなかったことが分かっちゃったわけだから。でも、今となっては、ああいうことがあったのもよかったと思う。一度、土台が揺らいだおかげで、みんなでまじめな話ができたしね。(略)ぐちゃぐちゃしていた人間関係も、気持ちよく綺麗になったし。オレとメンバーの関係性も変わったな。(略)メンバーに自分の本音を見せられるようになった。だから今はすごいラク

 

10月

31日「カートゥンKAT-TUN堀北真希ゲスト回

堀北真希のスカウトのきっかけについて)

赤西「これはどういう状況ですか?

亀梨「これは学校帰りに~」

赤西「お前じゃねーよ」

中丸「なんでそんなに説明したがんだよ」

赤西「……おれ亀に突っ込んだの初めてかもしれない(笑)」

 

赤西「有閑倶楽部」出演

 

11月

「Keep the faith」リリース

メイキングで工場長シリーズ開始

カートゥンKAT-TUN堀北真希ゲスト料理対決回

 

ヨコヒナレコメンで亀梨・赤西の目撃談

横山「めっちゃすごい話ある」

渋谷「おお、なんだよなんだよ」

横山「あんな、びっくりするで。おれがいま、ドラマ(有閑倶楽部)やってるやんか。やっぱ、生田とか日テレやから芸能人がいっぱいおるねん。でいま、新規のドラマ始まってるから」

村上「来クールのな」

横山「それで、カメのドラマも始まってるやん。ワンポンドの~」

村上「いちポンドのやつや」

横山「なんか始まってるやろ。でおれが、赤西と2人でトランプしてたのよ。暇やったから。したら、ガタッと入ってきたんよ『だれや』思ったら、カメが入ってきたんよ」

村上・渋谷「おお、おお」

横山「カメが入ってきて、『赤亀や!』って思ったわけや」

村上「素人やん!!」

横山「赤西1人やったら全然ッなんてことはないねん」

村上「共演者やしな」

横山「カメが入ってきたことによって、おれは赤西にまで緊張してしもて」

村上「あはは!! ひとりで。えもうそれは3人だけの空間やったん?」

横山「おうおうおう。けっこう、狭いところで。トランプして、『うわ、どうしよう!』思って」

村上「どうしてん」

横山「ほいで『横山くん~~~』とか言って、おれも『どうしたらええん、どうしようかな』おもって、『カメ、トランプする~?』って」

村上「一応誘ったんや」

横山「『しないす』って速攻断られて」

村上・渋谷「あははは!!! せえへんのや、なんでやろな」

横山「でいきなりシャドー的なことをしだしたんよ、カメが」

村上「あ、ボクシングのドラマやから」

横山「そう、鏡あったからシュッシュやってて、でなんか赤西がカメにしゃべりかけて」

村上「おう、なんて言った?」

横山「『あ、そうだ、ボクシングやってんだよね、いま(赤西)』みたいな『おう、そう(亀梨)』みたいな、『おう、すっげえ何このキャッチボール(横山)』みたいな」

村上「別に普通の会話やけどな」

横山「なんかすごいやん、赤亀やぞいまこれ、ジャニーズファンやったらおれいまたまらんのやろな、と思って」

村上「すごい2ショットやからな」

横山「ものっそい2人がなんかええ感じに」

村上「仲ええ感じにな」

横山「『最近ドラマどうなの、赤西は、出演者とか仲いいの?(亀梨)』『こっちは男いっぱいだからさ、仲いい感じだよ(赤西)』とかそんなんで」

村上「あんたその間なにしてたん」

横山「おれずーっとトランプ持ったまま、ずーーっと見てたんよ」

村上「あははは!!!!」

横山「次!とも言われへんから、ほんまに」

 

 

2008年

1月~

1ポンドの福音」w/黒木メイサ

(なんと結婚式のシーンまである)

4月18日「亀梨和也のKス・バイ・Kス」

「赤西とはね、結構家も近かったから、健康ランドとかしょっちゅう行ってた。でなんか、2人でKAT-TUNのことを話したりもしたし、一緒に行っても、あいつが室内風呂入ってて、おれが露天風呂でガーっと寝ちゃってて、とかっていうのもあったし。あとはね、ま、仕事とかでも結構、意見言い合ったりとか。ライブ作るのも、わりかし、おれと赤西が意見言ってる方だから。それでなんか、話したりとか、するし。だから、性格もある意味似ている部分もあったりだとか、もちろん似てないところもたくさんあると思うんだけど。仕事とかでもやっぱ最初は、赤西と一緒に仕事やることとかも結構あって、2人でなんか、ごくせん撮ってたときかな、ごくせん収録が8時くらいに終わって、東京に9時くらいに返ってきて、帰ってき次第歌番組かなんかのリハーサルがあったのかな、振付かなんかで。でもおれたち2人で、『ちょっとさ、行きたくないねまだ』みたいな(笑)そんなことを言いつつ、2人でマッサージ1時間行って、で『今終わって来ました』みたいな。まだマネージャーさんとかいなかったから、電車移動だったのね、どこにでも。だからドラマ撮って電車で移動して、でリハーサル終わってまたドラマ戻る時も電車で移動して、みたいな。そんなんだから、結構ね、面白かった。あいつなんかずっと漫画呼んでんだけど、電車で。それでなんか『降りるよ』『あ~』みたいな、そう! あいつ忘れ物多い。あいつ、そう。アクセサリーとかちょいちょい忘れていくとか。それでなんかおれが持ってくみたいの、あったりしたなあ。あと2人だけで旅行。番組で旅行とかも行ったことあるし。ふざける時の抜け具合とかは似てんのかな。で、怒られるみたいな。結構、おれもそうだけど、赤西もやるときはやっちゃうから。まあそれがいいところでもあったりするんだろうけどね。まあでも、今こうして、いろいろありましたが、KAT-TUNとして再出発しているわけで。どのメンバーも、これからもまた、徐々に変わっていくからね、それも楽しみだな、とは思います」

 

6月

DON’T U EVER STOP

 

7月

ライブ「QUEEN OF PIRATES」

MCでは空前の髭男爵ブーム。何回かの(ふざけた)「仁」呼びが地方MCで確認される

ラジオ「亀梨和也のKス・バイ・Kス」

赤西の誕生日を2005ズムサタの「赤西バージョン」の「ハッピーバースデー」で亀梨が歌う。

 

カートゥンKAT-TUN仙台ロケ回(亀梨・上田は罰ゲームでAD役)

(電話で)

赤西「だれ、これ?」

亀梨「あ、亀梨です」

赤西「あ、亀梨くん?」

亀梨「はい」

赤西「今ね、君の物まねで盛り上がってるよ。田口くんがね、君の物まねして盛り上がってるよ」

田口「Wilds of my heart 聞こえ(ない:口パク)」

亀梨「ありがとうございます、なんかよくわかんないけど」

 

12月

「White X’mas」リリース

メイキング

亀梨「こんな時にあの人がいてくれたら」

赤西「あの人がいてくれたら」

亀梨・赤西「%※◎さ~~ん!」

 

2009年

「PON!」(神の雫番宣)

赤西と薮・八乙女と共にミニチュアダックスフンドの蘭ちゃんを買いに行ったことを明かす

 

3月

11日「カートゥンKAT-TUN」はんにゃゲスト回

亀梨・赤西+ゲストの回は初

18日「カートゥンKAT-TUNベッキーゲスト回

亀梨・赤西+ベッキー ごくせんオマージュなど

 

5月

11日 オリスタno.18

――赤西さん(の歌声)はどうですか?

亀梨「赤西ってさ、最近、優しく歌うよね」

赤西(隣にいる亀梨を見て、すこし驚いた顔をしてから、こっくりうなずく)

亀梨「言われるもん、レコーディングのときディレクターさんから。『仁が、ちょっと薄めで歌から、カメも薄めで歌ってくれる?』って」

 

19日

「Break the Records」東京公演、またの名を「ムラサキ記念日」

 

7月

「ごくせんthe movie」隼人(赤西)はL.A.留学中につき不在。竜(亀梨)のみの参加

 

2010年

3月

6人最後のシングル「Love yourself~君が嫌いな君が好き」リリース

6月号 Myojo

連載「甘いささやきくださぁ~い」(赤西・亀梨)お休み直前SP

赤西「なんか、なんかさ、ムシがいいように聞こえるかもしれないけど、変わらず応援してくれると嬉しいです」

 

2012年

2月

赤西、女優の黒木メイサと結婚

 

Panasonic BeautyのCM記者会見

亀梨、赤西の結婚についてのコメントを求められるも、無言で退場

 

2014年

4月13日ブルーノ・マーズ来日公演にて偶然再会

以下、テレビ取材により明らかになった会話

仁「久しぶり」

亀「あ、元気?」

仁「俺(ジャニーズ)辞めたんだよ」

亀「あー見た見た」

 

 

2016年

3月

10周年に際して、Twitter

赤西「おめでとう~」

 

 

 

以上、わたしの10年もののデータファイルから抜粋したものです。元のファイルは3万字だったので、1万字もやむなし。

まじで「仲良し」を押し出してたのは2004年くらいまでだったのに、その後も推し続ける人たちが大勢いたのは、赤亀というシンメトリーがそれだけの力を持ってたからだとわたしはおもう。あの時代に要請されたすべてのカリスマ性・アイドル性・かっこよさを兼ね備えた2人だから、失われたあとでも2人を追い続けるオタクがあとをたたないのだろうなと。

 

もしかしたらもう二度と2人の直線は交わらないのかもしれない。だとしたら、この待っている時間は無駄なのかもしれない。

でも、仁亀を推してきたわたしたちは、奇跡が起こることを知っているし、永遠なんてないことを知っている。だから、その日が来るまで、仁亀オタクは消えないだろうとおもう。

 

また、出会える日まで。

 

 

 

 

 

 

 

2019/2/5

スズキアイコ

*1:最終編集日、2013年2月10日

*2:亀梨、滝沢の緊急時代役を務めるため食事等に参加できず、メンバーとの間に溝が生まれる

*3:山下智久と亀梨が喧嘩したのはこのころと考えられる

*4:亀梨の夢「デビューするならこのメンバーで、東京ドームで」が叶う

ジャニオタエゴイズム

「わたしたちがアイドルを殺してしまう」例にもれず大倉くんのJ-webの連載を読んで、久しぶりにその感覚を思い出した。

私がジャニオタやってて一番怖いこと、それは推しがアイドルであることを辞めてしまうことだ。

 

 

私は2011年の春に、手越祐也に堕ちてジャニオタになった。それからもう7年。私は自分が推しているグループからの脱退を4人分、経験した。

はじめは忘れもしない、2011年10月7日。山下くんと錦戸くんがNEWSから脱退した。また会いましょう、LIVELIVELIVEでは言っていた。だから私はそれを信じて、半年以上、新曲はおろかグループ全員でのバラエティ、ラジオ、雑誌露出がひとつもないなかで待った。あの頃のNEWSのファンは本当に「また6人で、きっとあと少しで」、そう信じていたのだ。今思えば馬鹿みたいに。

 

そのときに思った。

アイドルが何を望んでいるのかなんて、ファンにわかりっこないのだ、と。彼らが脱退を決め、そのタイミングを話し合っている間も、私たちは次の新曲はどんなものだろうか、年内にツアーはあるだろうか、なんてそんなことを呑気に考えていた。彼らもそれを望んでいるけれどタイミングが合わないだけなのだ、と。

 

NEWSがほとんど活動をしていなかったそのころ、対照的に同世代のKAT-TUN関ジャニ∞はシングル連続リリースなど、かなり露出が多かった。今よりはグループ数も少なくて歌番組も豊富だったし、ギリギリ派閥が割れる直前だったからただただ楽しいだけだった。最初はNEWSのメンバーだったから錦戸くんを好きになりたくて、そのもう1つの仕事として関ジャニ∞を見ていただけだったが、当時の錦戸・赤西・山下の赤西軍団やSUMMARY・DREAM BOYSといった共同の舞台から、私は彼らに代わりにはまっていき、KAT-TUNを自担とするようになった。

 

KAT-TUNというグループもまた、赤西仁という大きな穴ができたばかりだった。

でも、だからこそ結束しているように見えた。もう二度と。その言葉を積極的にメンバーたちが口にした。

 

私は赤西くんの脱退や留学、それに伴う人間関係について、当時発達していた個人ブログから必死に調べた。なぜ脱退したのか。なぜアイドルではいられなかったのか。それがわかれば、もう傷つかずにアイドルを好きでいられる気がした。

 

そして2013年、田中聖が脱退。2016年、田口淳之介が脱退。

 

そのたびに週刊誌に取り沙汰される脱退理由。熱愛、ストレス、不仲。

 

ぜんぶぜんぶ、私たちのせいじゃないか。

 

熱愛が悪いか。ジャニーズは恋愛禁止じゃないのに、彼女がいると叩かれるのか。ファンが減るのか。だからアイドルを辛く思うのか。

ストレスが大きいか。ヤラカシが生活を逼迫させるか。普通の生活が送りたいか。匿名の袋叩きにあうのか。だからアイドルを諦めてしまうのか。

グループの仲が悪いか。強制的に形作られる関係性のなかで息ができないか。一度口論しただけのことが取り沙汰され気まずいか。もう部活のようにやっていた頃に戻れないことが寂しいか。だから、アイドルでいられないのか。

 

だから、アイドルをやめてしまうのか。

 

それは、ファンが悪いじゃないか。

愛なんて好きなんて綺麗な言葉でラベリングしただけで、私たちは結局アイドルを苦しめてる。ヤラカシなんかはもってのほかだけれど、好きでいる、ただそれだけのことが彼らを苦しめることがある。KAT-TUNというグループを、一世を風靡した、狂信的なファンが多数ついた、あのグループを、好きになって知ったことだ。

 

「顔しか知らないのに何で好きなんて言えるんだ」なんて、そんなこと説明できないよ。だってそういうコンテンツじゃん。

でも、彼らのうちのいくらかは、自分を“そういうコンテンツ”の中にこれ以上置いておけない、とアイドルであることをやめてしまう人もいる。

それはそれで正しいのだ。わかっている。生きるべき道がアイドルじゃなかった。それだけだ。

 

だけれど、それでも、不変を願ってしまうのだ。

日常に少々の不満はありつつも、想えばそれだけで癒されるコンテンツであってほしい。もう二度と会えない6人の5人の4人のKAT-TUN。4人のKAT-TUNが今回のツアーで最後だなんて思いたくなかったし思わなかった。次があると疑わないから存分に愛せたし楽しめた。

びくびくしながらするオタ活は疲れる。好きだけれど失う恐怖とそれを招きかねないファンとしてのふるまいの正解がわからず、私はKAT-TUN担をおりた。*1

 

 

以下はそのころ、つまり2~3年前に書いた日記だ。あまりに暗いもんで外にはださずに置いておいたけれど、なんとなくもう時効かなと思うので出してみる。

 

私はもう、ひとりだってアイドルを失いたくない。傷つけたくない。

もう誰にもアイドルを傷つけてほしくない。

 

どうか、みんなにとってしあわせな世界になりますように。

 

 

 

 

 

***

 

 

J-FRIENDSとYOU&Jは似て非なるものだな、と感じる。

バレーボール急造ユニットのV6とNEWS。バンド形式でバラエティ進出の著しいTOKIO関ジャニ∞。そして、KinKi Kidsの血を引く(語弊がある)KAT-TUN

 

J-FRIENDSの正統な継承者を選ぶなら、どっからどう考えても、YOU&Jなのに、この2つの団体はあまりにかけ離れてる。

それを感じさせる最も大きなものは、YOU&Jのグループにはすべてから脱退者がいることだ。関ジャニ∞が7人な話は有名だし、NEWSもKAT-TUNも、10周年を前にして、当初の半分の人数になってしまった。

一方のJ-FRIENDSは誰一人欠けることなく、全グループが20周年を迎えようとしてる。*2

 

けれど、安定を求めてJ-FRIENDSを担当にした今でも、わたしは恐れてる。

 

いつか、わたしの好きなアイドルを見ることができなくなるのではないか。いつか、解散してしまうのではないか。いつか、脱退してしまうのではないか。

 

アイドルグループは象徴だ。

ファンは「V6」や「KAT-TUN」という実体のない象徴を愛し、アイドルは「ファン」という形のない大きなものに愛される。

 

ただ、ある日突然集められた人間たちが、社長から名前をつけられた。それを神聖視することもできるが、私にはそれは恐ろしい事実だ。

だって、社長が名前をつけなければ、存在しないのだ。

私たちが運命とか奇跡とか呼んでいるグループは、本人たちの意志で始まったものですらなかった。ただの偶然で、気まぐれで、もしかしたら一時だけのものだったそれに、歴史という付加価値がついただけで、私は決して崩れ去ることはないと、そうであるべきだと信じていたのだ。

 

アイドルグループとは儚いものだ。

なぜなら、それは象徴でしかないのに、一定期間を過ぎた後(商業的高価値を失った後)は、本人たちの意志でしか存続し得ないからだ。

 

 

 

わたしは、アイドルにいくらでも恋愛してもらいたいと思ってる。ソロコンでもソロ舞台でもドラマでも映画でもバラエティでも、好きなことをやればいいと思ってる。

なぜなら、怖いからだ。

いつかアイドルであることを、このグループであることを、負担に思って、止めてしまうのではないか。

恋愛も自由にできないアイドルという仕事を負担に感じてしまうのではないか。

アイドルであることとソロでやることの両立は不可能だと、そしてそれならソロを取ると思われてしまうことが怖い。

 

本当は、ソロの仕事の楽しさなんて知らないで欲しい。仕事も忘れる灼けるような恋なんてして欲しくない。

 

本当は、アイドルとしてのグループの仕事に縛り付けていたい。

 

でも、それでは仕事さえなくなるだろうし、恋愛禁止は徒らにアイドルであることを辛いことにするだけだ。

 

だから、せめて、アイドルであることを嫌いにならないで欲しい。

私はアイドルの恋愛を許容する。アイドルの恋愛を許容できない人にしてほしいと望む。

 

私は彼らにプロとして成長してほしいなんて、彼らのためを思ったことは言えない。

わたしは彼らを甘い砂糖に漬け込んで、ダメ人間にしてしまったとしても、彼らにアイドルでいて欲しい。彼らがアイドルであることに誇りを持っていなくたって、アイドルでありながら無気力だって、構いやしない。

不安になりたくない。もう失いたくない。

ごめんなさい、これが全てです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズキアイコ

2018.11.8

 

――K.A.Nの入所を祝して

*1:そのあとキンキ担になったが、ここでも結局は同じことで、ジャニーズで担当Gを作ることをやめた

*2:当時

そのとき、ジャニオタが動いた≪エロい曲編≫

エロい曲がかっこいいというのは、いつから始まったのだろう。*1

私の永遠の推しはKAT-TUNだが、KAT-TUNは1stコンサート(2002)時点で既に腰振ったりなんだりしていたし、デビュー前後の曲は結構エロい。でも、V6のデビュー当時なんかを考えてみると(1996)、デビュー曲「MUSIC FOR THE PEOPLE」や「TAKE ME HIGHER」など、当時のかっこいい曲は全然エロくない。しかし、「Supernove(2011)」などはもう完全に200%エロい。

 

いつから、ジャニーズの「かっこいい」は「エロい」に寄って行ったのだろう。

 

以上のようなことをなんとなく疑問に思っていたので、この度昔の曲の歌詞をぐぐりまくって1つの結論に至ったのでここに記す。

ジャニーズの「かっこいい」が「エロさ」じゃなかった時代、そして「エロさ」の登場と定着、現在に至る、の3段階に分けて解説していく。

 

光GENJIという成功体験

そもそも、ジャニーズの「かっこいい」は最初は「エロい」に近かったのだ。というのも、少年隊の「仮面舞踏会(1985)」のあの腰を突き上げるフリは有名だし、

こんなにも感じているじゃないか

なんてわかりやすい言葉も入ってきている。

www.youtube.com

しかし、おそらくこれが変化したのは、光GENJIの登場だと思う。

1987年にデビューし、1995年に解散した光GENJIは、未だにジャニーズ最大のヒットグループだと言われるほどの社会現象になった。

この経験はジャニーズにとっての忘れがたい成功体験となり、その後しばらくのジャニーズを大きく変えた。

ここで、光GENJIの当時メンバーを思い返してみると、最年少の佐藤アツヒロは14歳。中学生だ。

かなりフレッシュな魅力で売っていただろうことは、ヒット曲「ガラスの十代(1987)」からも読み取れる。

ここで、ジャニーズはその成功体験から意識的・無意識的のどちらにせよ、さわやかでフレッシュなアイドル像を打ち出すようになる。

SMAPはそれまでのアイドル像を変え、バラエティー番組に進出することでジャニーズ、そしてアイドルという存在を変容させたが、曲自体は「エロい」方向に回帰するというよりは「さわやか」「やさしさ」のようなものがキーワードとなるような曲が多かった。

 

 

アイドル自身による下からの革命

ここで、今回の疑問の答えを端的に記すと、答えは2000年前後にある。

それは、光GENJIのときのような上からの変革ではなく、アイドル自身からの下からの変革だった。

それは、2つの要素に分けることができる。

 

  1. 堂本剛らの反抗期
  2. ジュニア黄金期の到来

 

 まず、1.堂本剛らの反抗期、について。

Jフレが強かった頃のジャニーズは、というかTV業界は今よりかなり息苦しかった。また、ヤラカシへの対策が十分になされておらず、労働環境としてはかなり劣悪だったと言えよう。

また、1990年代末の世紀末独特の閉塞感のなかにあった。

その頃の堂本剛岡田准一の同居に表れているように、何かしらの反抗をしたいという考えが、ジャニーズの若手のなかにあり、またそれを「かっこいい」とする風潮があった。

そのなかで、堂本剛はソロコンで煙草を吸いながらギターをかき鳴らしたり、岡田准一カラコンをしたり、といった時代だった。またジュニアはそれに憧れた。

わかりやすいのは、

 

ROSSO E AZZURRO(通常盤)

ROSSO E AZZURRO(通常盤)

 

 に収録されている、「溺愛ロジック(2002)」あたり。

抱いて 抱いて 抱いて 抱いて ズキドキさせて

心臓揺さぶってくちびるふさいで 体温を頂戴 

誰も知らない 誰も知らない

真実のバラ

腰を振るのは あなたの鼓動のなかだけ a ha ha

 

息ができない 苦くて飲めない 

 

エロいね。ジュニアも少クラで歌ってました。

これだけではなく、同アルバム内「Purity」は繰り返し「愛してしゃぶってキスしてたい」と歌っている。

反抗期のなかでこういう方向にいったのはおそらくその時代にはやっていた音楽もあって、ポルノグラフィティサウダージ」が流行った時代とちょうど被っている。

おそらく、これまでのジャニーズのイメージを覆すべく進んでいったのが、「煙草、酒、セックス」といったロックンロールのイメージだったのではないかと思う。

そしてそういう理念的なセックスが、いつしか即物的「エロい」になったのだ。

それは、堂本剛のソロ活動に最もわかりやすく表れていたが、KinKi Kidsの曲のなかにも現れ出ている。

例えば、「欲望のレイン」(2001)

欲望は拒まれて 荒れ狂う熱を持つ

すずしげにそこにいた君は 今夜ちがうパフューム

かなり即物的な表現になってきたんじゃないだろうか。

 

 

 

そこで、2.ジュニア黄金期の到来について。

これらの堂本剛らの動きを取り入れる層としてのジュニアが大変分厚かったというのは、間違いなく「エロい」が「かっこいい」として定着した理由の1つだ。

 

ジュニア黄金期はおおよそ1998年頃からと言われている。

KinKi Kidsのデビューが1997年で、タッキーの「魔女の条件」が1999年。

この時代のジュニアはジュニアだけのコンサートの規模をどんどん広げていき、ドラマに出演し、バラエティーを持っていた。最高にのりにのっている時代だ。

当時のジュニアには滝沢秀明今井翼をはじめとして、東にはいまの嵐、KAT-TUN、当時の4TOPS、小原裕貴くんなど、そして西には関ジャニ∞と本当に人が多かった。

堂本剛らの「セックス」への志向をいちはやく取り入れたのが、彼らジュニアだった。

2002年のデビュー前後、タッキーは「エロエロダンス」という腰振りをコンサートに取り入れていた。また、そのバックについていたKAT-TUNや4TOPSらのジュニアたちはそれを自身らの舞台、コンサートに取り入れていった。

KAT-TUN関ジャニ∞が1日5~10公演やっている時代で、NEWSとKAT-TUNのSUMMARY(2004)、KAT-TUN関ジャニ∞が出演したDREAM BOY(2004)とDREAM BOYS(2005,2006)などに毎日出演していた。また、ザ・少年倶楽部や裸の少年などにも出演しており、その気になればインターネットでその感想を調べることだってできる時代に差し掛かっていた。

そのため、彼らは近い距離で客の反応をダイレクトに感じて、そしてそれに応じるという繰り返しのなかで育ってきたジャニーズであり、その意味で「エロい」ということにファンが反応するということに気づいたのだ。

 

例えば、今では伝説となった4TOPSの「欲望のレイン」

や、赤西と亀梨のBonnie Butterflyなんかがわかりやすい。


KAT-TUNKinKi Kidsのバックダンサーとして結成されたことや、タッキーにかなり近い位置にいたことから、その「エロさ」をかなり色濃く継いだグループと言えるだろう。

 

「欲望のレイン」や「Bonnie Butterfly」が神格化され、未だにジュニアにシンメ曲として歌い継がれていることと、この理念としてのセックスから派生したエロさは、無関係ではないと思う。

KAT-TUNや4TOPS、当時のジュニアはKinKi KidsやComing Centuryらの苦悩から生まれたセックスに依拠することで、その「エロさ」に説得力を持たせることに成功した。また、その「エロさ」はファンの子宮を直撃することから、それ以降のジャニーズにとって「エロさ」はお家芸として引き継がれていくようになるのだ。

 

その後の「エロさ」の広まり

以上のような歴史をたどって「エロさ」が誕生した。

最初は、震源地であるJ-FRIENDSのソロ活動、ユニット活動から派生して、ジュニアの方に浸透していった。

 

KAT-TUNの2002年頃の持ち曲「HEARTBREAK CLUB」は、当時ではジュニアだからできたのであろうかなり過激な歌詞となっていて、その後の片鱗を覗かせている。

ふてくされたみたいに とんがったその胸も

やさしく刺激してやる 

そのまんまの描写ですね。

他にもKAT-TUNは「SADISTIC LOVE」(2009)といったやべえ曲ももっているのだが、他のグループとて「かっこいい曲」には「エロさ」が付きまとう。

特に、YOU & JはJフレやタキツバにかなり影響を受けており、NEWSの「バンビーナ」(2008)

甘すぎる声を 張り上げて 

壊れるくらいに いかせてやる

もっと感じさせてやるよ

もかなりわかりやすい。これは手越がファンのブログ等を読む中で「どうもこの曲が人気らしい」と知ったため、しょっちゅうライブでも歌われている。

関ジャニ∞だって顕著で、「Dye D?」(2011)では、メンバーの安田章大作詞曲で

嗚呼 当夜も想い彷徨って

狂恋の果てに血迷って

冒涜に身体汚れて

とまで歌ってしまう。メンバー作詞曲でのエロさってたまんないね。

 

そして、この新しい「かっこいい」の表現方法は上にも下にも伝播していくようになる。

SMAPでいうと「Battery」(2013)。V6なら「Supernova」(2013)。どちらもかなりえろっちい。

腰振りだけでなく、言葉としてのエロさがわかりやすく導入された曲はこのあたりなのではないかと思う。

 

また、当初の理念が「事務所や大人への反抗」としての「セックス」だったということもあり、大手を振ってこの「エロさ」を外でできない場合もある。そのため、ライブやアルバムのみで披露されるソロ曲やユニット曲で「エロさ」はよく披歴される。

 

例えば、赤西仁のソロ曲「PINKY」(2006)では、女装した田中聖にフェ〇チオさせて腰を振っている。これが私の見たなかでもっとも「そのまんま」なエロだ。ただし、赤西のこのエロさはどちらかというと、滝沢の「エロエロダンス」の系譜を継ぐもので、堂本剛の「エロさ」を継ぐのは、彼ではないように思える。赤西仁、およびKAT-TUNの音楽のもとはロックではなく、洋楽しかもEDM系だからだ。

堂本剛のエロさはあくまでロックのエロさであり、クラブで女ひっかけてウェーイ!というよりは、「あなただけ」という狂信的なエロさがある。それで言うと、関ジャニ∞の安田・渋谷のユニットによる「desire」(2008)は堂本剛に近いエロさがある。

きつく抱いて 貴方だけで

汚して 止めないで

行かないで 繋げて

飲み込めるわ あなたを

ここではなして

女性詞なこともあり、すごく「溺愛ロジック」っぽい。 「あなただけに愛してほしい」の手段としてのセックス。快楽はあくまで二の次なのだ。

 

もちろん。YOU & Jでこの「エロさ」の系譜が途切れたわけではない。

YOU & Jとほぼ同時代に幼いながらも「エロさ」を目撃していたHey! Say!  JUMPからは、伊野尾と八乙女のユニット曲「今夜貴方を口説きます」は、もう下ネタレベルの「エロさ」。

引用しようにも全部読まないと面白くないと思うので、リンク先で読んでほしい。

utaten.com

 

あとは、YOU & Jの背中を見て、それに憧れて「エロさ」を学んだパターンもある。特に、今はもういないが、赤西仁に憧れるジュニアは後を絶たなかった。

 

また、Kis-My-Ft2はずっとKAT-TUNのバックをやっていたこともあり、KAT-TUNよりのプロデュースがなされていた。そのため、デビュー前は「FIRE BEAT」でエロさを前面に押し出していたように思う。

 

 

以上のように、ジャニーズの「エロさ」は若手の反抗期に始まり、それを本人らが「かっこいい」と感じたからこそ浸透して今に至る、と考えることができる。

 

 

 

今日はもう眠いのでここまで。

おやすみなさい。

 

 

 

スズキアイコ

2018.10.28

 

*1:エロい曲はかっこいいというのは前提です

大倉忠義が見た渋谷すばるの夢と「拝啓、少年よ」

ananを読んでいた。

 

anan(アンアン) 2018年 9月12日号 No.2117 [熱狂の現場。] [雑誌]

anan(アンアン) 2018年 9月12日号 No.2117 [熱狂の現場。] [雑誌]

 

 

 

最近の関ジャニ∞の雑誌露出まじで半端ないよね。と言っても私は担当Gじゃないので、横山くんビジュいいな~とか、錦戸くんの髭案外いいな~とか、そういう、お茶の間として、見てた。

 

その中でも個人的には大倉くんのビジュがさいっこうで(あの服めっちゃ似合うね!?)、思わず読んだインタビューで気になることを語っていた。

 

 

最近、Hump Backの「拝啓、少年よ」を繰り返し聞いているんだと言う。関ジャムで聞いてから、DLして何度も聞いているとか。

 

 

Hump Backと言えば女子大生コピバン界でyonigeと合わせて1位2位を争う人気なバンド。個人的には「星丘公園」

www.youtube.com

くらいしか聞いてなかったけど、好きな人は好きなバンドというイメージだった。

 

が、大倉くんという(自分の中で)めちゃめちゃメジャーな人が「何回も繰り返し聞く」というイメージがわかなかった。大学生ってちょっとコアなもの好きですから。そんなにHump Backはメジャーになったのかと、びびった。

でも冷静に考えて、いくらメジャーになっても、今関ジャムゲストとしては出ないだろう。だから、おそらくVTR程度できっと数分も抜かれてないだろう。

そんなに大倉くんにHump Backはひっかかったんだろうか。何がそんなにひっかかったんだろうか。

 

 

 

そう思って、帰宅してすぐYouTubeへ行った。(いまどきジャニーズ以外のほとんどの音楽はリリースしたばかりならYouTubeで聞けちゃうから)

 

www.youtube.com

 

泣いた。

ひさびさに、おいおい泣いた。

確かにHump Backはよかったんだけど。今までyonige派でごめんとか。いやどっちかっつーとFINLANDSが好きだったんだけど。そうじゃなくて。

 

 

これって、すばるくんへのメッセージソングじゃないのか。

 

大倉くんの真意はわからない。ただ本当にメロディーラインとかが好きなだけかもしれない。

けど、私には、大倉くんが、すばるくんの、関ジャニ∞の背中を押す曲だと、聞こえた。

 

 

 

 

話は変わるけど、大倉くんってすごくを大事にする人ですよね。

 

関ジャニ∞って上3人が苦労人で特に横山くんなんかは母子家庭で中卒で建設会社に入って弟2人を育てたエピソードが有名ですけど、それとは対照的で、大倉くは「ボンボン」(こういう言い方が正しいのかわからないけど)

だってあの、鳥貴族の息子だよ? 自分は親なら間違っても中卒にはしないだろうし、なんなら慶應あたりにいれようと思う。芸能界なんて水商売、間違ってもやらせないし、万が一やらせるなら自分の手の届く範囲でやると思う。

実際大倉くんはお母さんには反対されたと言っていたし、その意味で大倉くんには逃げ道があった。言い訳ができた。他の道があった。

ジャニーズ辞めて、カネ出せばいけるような中途半端な大学に行って、コネなりなんなりで就職して、普通の道を生きることだって、可能だった。

あとがなかった他のメンバーに比べて、圧倒的に逃げやすい環境だった。

なのに、それでもジャニーズとして生きてきるいばらの道を選んだのには、大倉くん自身の強い意志があったのだろうなと思う。

大倉くんにとって、ジャニーズとして、アイドルとして生きていくこと、ひいては売れることが「夢」だった。

そうやって、「夢」をかなえて、「夢」を与えることを職業にした大倉くんは、「夢」をとても大事にしている人なんだと思う。

 

 

うろ覚えで申し訳ないんだけど、私のなかでそれを表象していると感じた場面、というのが2つあって。

1つは、関ジャニ∞の番組で、本当に何気ない場面なんですけど、丸山くんがヒモの男の人が「3年とか、芽が出なかったら、ねえ(諦めて就職するなり……)」みたいなことを言った時に、大倉くんが「俺らもそうやって夢見てきたやんか! 10年にしたろうやって言っていたんですよ。

別にそんな流れでもないのに、ムキになったところが印象的だったんですよね。

 

もう1つは、しゃべくり007だと思う、あの番組で、嵐に勝ってるとこ、ないですかね、っていう流れがあって。

正直、今、特にその番組がやってた頃なんて、だあれも嵐に勝てるジャニーズがいるなんて思ってないし、他のグループは割と「嵐とは違う方向で自分の道を行く」「固定ファンを楽しませる」方向に向いていたと思う。

そのときに、大倉くんは真剣に(ちょっとしゃべくりメンバーが困ってるくらいの勢いで)嵐に勝ってるとこ、ありますかね、って茶化さずに言うんですよ。

ああ、この人は本当に嵐を超えて、日本一の、国民的アイドルになりたいんだな、って感じた。

 

そんなこんなで、この人のキーワードは「夢」なのだろうな、と心のどこかに引っかかっていました。

 

 

 

 

で、すばるくんの脱退後のラジオで、大倉くんはまた、夢というキーワードをもって語るんです。

 

でもいいよと。夢もつことはいいんじゃない、と、結局自分の過去とかも思い返して、なんかそこに行きついたな、というところもあって。

(略)

僕も、心に整理がついてないというのが正直なところで、でもどうにか心に整理をつけていかなきゃいけないし。そのなかでやっぱり大きいのが、あの人(すばるくん)も夢を追っかけてるというのが自分のなかでも大きいところで。 

 

大倉くんは自分たちの夢をすばるくんと共有できていなかったことに悲しみをにじませてます。

内くんの復活の時の話で、「俺らは内のための場所を空けているつもりだった。でも、内には内のやっていく道があった」みたいな話をしていて、その悲しさとか寂しさとかを共有していたすばるくんが、自分たちの夢をもう一緒には追いかけないのか、という悲しみ。だから、会見の時とかその前の時間とかは、納得がいっていなかった。

 

でも、ここで大倉くんが言及しているのはもうひとつの夢なんですよね。

それが、すばるくんの夢

 

関ジャニ∞としての夢。大きいアイドルになりたい、日本一になりたい、国民的アイドルになりたい、そういう夢を大倉くんはもってる。し、それをメンバーと共有していると思ってる。

でももう1つの夢は、すばるくんの夢。もっと世界に通用するシンガーになりたい。アイドルとしてじゃなく、歌手として戦いたい、そういう夢。

 

すばるくんの夢、見ようによっては自分勝手です。関ジャニ∞としての夢を壊しかねない。

でもここですばるくんの目線にたって考えると、すばるくんは失うものはないのか? 違う。

むしろ、すばるくんが一番失うものが大きい。

事務所にいながら、脱退後に歌を本格的にやって、そのまま独立してうまくやってる人(赤西仁くん)や、グループも続けながら自分のやりたい音楽を自由にやってる人(堂本剛くん)がいて、そういう前例を追いかけることもできたなかで、すばるくんが選んだのは、グループもジャニーズもやめて、一度は芸能界を離れて、音楽を勉強するという道。

 

関ジャニ∞にいれば、それは保険になりうる。自分の夢がうまくいかなくたって、仲間がいるし、現実的には他の仕事もあるので金も名誉もある。なんなら言い訳もできる。関ジャニ∞が忙しかったから、自分の夢に割く時間が足りなかった、って具合に。

でも、すばるくんはそれを選ばなかった。自分に厳しく、関ジャニ∞としての夢に失礼のない選択肢を選んだ。

 

そのを、大倉くんは過去の自分に重ねる。

 

俺らが最初に夢というものを持った時に、色んな人に反対されたじゃない。親とか、心配してくれる人に。(高橋:なかなか成功することが難しい世界と言われてますからね)そう。親とかもそうだし、身内の人とかもそうだし、心配してくれる人がいるなかで、「いやでも俺はやるんだ」っていう強い意志の人(=すばるくん)がいて。

(略)

でもいいよと。夢もつことはいいんじゃない、と、結局自分の過去とかも思い返して、なんかそこに行きついたな、というところもあって。

 

「親とか」という言葉のあとに「身内とか」と重ねるところから考えるに、関ジャニ∞という身内に反対されたすばるくんに、昔お母さんという親に反対された自分を重ねたのだと思う。

そして、納得した。「ああ自分と一緒なんだな」「それがすばるくんの夢なら、俺が止めることはできないな」って具合に。その夢を否定することは、過去の自分を、ひいては今までの自分たちの人生を否定することになるから。

 

もちろん、ずっとやってきた仲間がいなくなることへの、寂しさはある。

 

そういう境遇にいるすばるくんに今はちょっと、ひとりになってやっぱ寂しい思いもしてるだろうし、孤独な思いもしてるだろうし、彼にそういう思いをもってほしいな、っていうのは、勝手ですけどね、俺が言うのも勝手だし、すばるくんが求めるのも勝手かもしれないけど、

 

きっと、高校生の頃自分の将来を決めた、「夢」を選ぶ決断をした大倉くんは孤独で、怖くて、寂しかっただろう。この道が間違いだったとしても、誰のせいにもできない。自分の手で自分の決断で選んだ道だ。それは、どんなにか重かっただろう。

そして、そのころの自分をすばるくんに重ねた上で、ひとりの道を選んだ彼が、自らその道を選んだ彼が、「寂しい思い」や「孤独な思い」をしていることを想像して、もしそうだったとしたらすばるくんも勝手だし、どちらにせよそんな風に慮る自分を勝手だとことわった上で、「そうであってほしい」と言う。

きっと、納得したうえで、それでも寂しいという行き場のない気持ち、そして十年以上一緒にやってきた仲間を今も大事に思う気持ち、それを表したのだと思う。

 

 

そのうえで、自分たちの変わらない夢についても、言及する。

 

ただ俺らも、すばるくんが抜けた(関ジャニ∞)6人も、やっぱこれからやっていかなきゃいけないわけで。そのうえで、絶対に、「すばるくんが抜けたから、あーあ」って思われるのも嫌だし。メインボーカルって立場でやってた人だから、そこを俺らも、改めてそれ(すばるくん)を超えていく気持ちでやらなきゃいけないと思うし、グループとして。

 

渋谷すばるという、絶対的エースがいなくなった関ジャニ∞

でも、すばるくんに負けて、そのままにはしないぞ、と。負けたからには、次は勝ちに行くぞ、という決意を言葉にしてくれました。

 

 

 

ここで、Hump Backに戻ると、この曲、すごく冒頭が印象的なんです。ぶっつけ頭、突き抜ける青い空みたいなボーカルの声が、こう言う。

 

 

夢はもう見ないのかい? 明日が怖いのかい? 諦めはついたかい?

馬鹿みたいに、空が綺麗だぜ

 

 

私はこの言葉が、すばるくんの背中を押す言葉と信じている。

 

そして、歌はこう続く。

 

 

今はもう見れないさ あいつも変わったな

笑いあった日々を 馬鹿みたいに思い出している

 

ひび割れ青春 駄々こね少年

忘れちまった浅い傷

 

 

関ジャニ∞だってもう30代後半に突入し始めてる、大人のグループだ。しかも、青春をともに重ねていて、その延長線上にある「今」とあの頃の境目は確かにはないんだけど、でも言い表せないような薄い膜がはっている。

がつがつしてた横山くんが静かになったとか、安田くんが病気したこととか、きっと大倉くん自身もよくも悪くも大人になったことだろう。

 

それでも、大倉くんは自分とメンバーに、「僕たちをこのままで」と願う。

 

あぁ もう泣かないで

君が思うほどに弱くない

あぁ まだ追いかけて

 

 

私はここで泣いてしまった。

最年少でしっかり末っ子で後輩で、そういう大倉くんが、誰よりも先輩だった誰よりも憧れられていた、すばるくんに「そんなに弱くないよ」と。俺らは俺らでやるからすばるくんはすばるくんの夢を追いかけて、と。

そう伝えてくれているのではないかと思った。それはさっき引用したラジオにも強く表れていて大倉くんは「すばるくんを超えていかないといけない」ということを、しっかり言葉にしてくれている。

 

負けっぱなしくらいじゃ終われない

遠回りくらいがちょうどいい

 

 

前述した「嵐を超えたい」という目標がまだ叶っていないことや、世間からの「すばるの抜けた関ジャニ∞ってもうオワコンでしょ」みたいな声。

そういうものに負けっぱなしじゃ終われないぞ、と。

 

すばるくんがいなくなったこと、内くんがいなくなったこと、NEWSで錦戸くんが先にデビューしたこと、関西出身のグループであること。

そういう、遠回りはいっぱいしてきたけれど、それがちょうどいいのだ、と、ここから前を向いていこうじゃないか、と。

すばるくんのキャリアにとっては、これまでの道は決して歌に専念できる環境じゃなかったし、歌わせてもらえる歌だって限られてきた。そういう意味じゃあ、遠回りだったかもしれない。

でも、それがよかったんだ、と、そういう風にもとれる。

 

 

この曲を大倉くんが最近繰り返し聞いているという事実がエモすぎて、めっちゃ長文になってしまったけど、何が言いたいかと言うと、

Hump Backの「拝啓、少年よ」は大倉くんの気持ちになって聞くと全人類が泣ける曲だと思う。

 

 

 

最後に。

 

大倉くんの、すばるくんの、関ジャニ∞の夢が叶うかはわからない。それは知ってる。夢破れて消えていくアイドルもいるし、失意のうちに解散するアイドルもいる。

 

でも、それでも、

アイドルにはいつだって綺麗ごとを歌っていてほしい。

 

最後の瞬間まで、もしかしたら死んだ後まで、夢が叶うかどうかなんてわからないのだ。

だから、夢を信じて歌い続ける姿を、闘い続ける姿を見せていてほしい。

 

どのような形になっても、どれだけ不格好でも、それがファンに元気を与える、アイドルの姿だと、私は思う。

 

 

 

 

2018/09/12

スズキアイコ

 

 

 

※以下、書き起こしたときのもの(無断転載禁止)

俺は会見のときも、世間に公開する前の短い期間に、納得いかない部分ももちろんあったし。でも、あとから映像見て「なんか俺子供だな」って思って。「なんだあの会見の態度」とか。でも僕は嘘つきたくなくて。

(略)

思い描いた自分のなかの夢というものがあるのなら……。俺らが最初に夢というものを持った時に、色んな人に反対されたじゃない。親とか、心配してくれる人に。(高橋:なかなか成功することが難しい世界と言われてますからね)そう。言われてるから。親とかもそうだし、身内の人とかもそうだし、心配してくれる人がいるなかで、「いやでも俺はやるんだ」っていう強い意志の人がいて。

(略)

そういう境遇にいるすばるくんに今はちょっと、ひとりになってやっぱ寂しい思いもしてるだろうし、孤独な思いもしてるだろうし、彼にそういう思いをもってほしいな、っていうのは、勝手ですけどね、俺が言うのも勝手だし、すばるくんが求めるのも勝手かもしれないけど、でも今、そう時間が経った上で思うことはそうなのかな、と。

でもいいよと。夢もつことはいいんじゃない、と、結局自分の過去とかも思い返して、なんかそこに行きついたな、というところもあって。

ただ俺らも、すばるくんが抜けた(関ジャニ∞)6人も、やっぱこれからやっていかなきゃいけないわけで。そのうえで、絶対に、「すばるくんが抜けたから、あーあ」って思われるのも嫌だし。メインボーカルって立場でやってた人だから、そこを俺らも、改めてそれ(すばるくん)を超えていく気持ちでやらなきゃいけないと思うし、グループとして。

(略)

僕も、心に整理がついてないというのが正直なところで、でもどうにか心に整理をつけていかなきゃいけないし。そのなかでやっぱり大きいのが、あの人(すばるくん)も夢を追っかけてるというのが自分のなかでも大きいところで。

だから、あの人にも負けないように、今までの俺らのグループ活動にも負けないようにしていかなきゃいけないと思います。

 

 

11万の瞳を浴びるきみへ

 赤いペンライトの波に囲まれて、スポットライトを全身に受けて、それでもなお、彼らは彼ら自身の光を放っていた。それは、すべての力を使い切る直前の輝きだったのだろう。だからこそ、彼らには「充電」が必要だったのだ。

 

 最初に断っておくが、私は少なくともあの東京ドーム公演が行われた日には、KAT-TUN担ではなかった。だから見に行かなかった。というかファンクラブも抜けて一年ほど経っていたから、行きようがなかった。*1

 だから、今回DVDを買ったのは、セトリを見てものすごく好みだったからというだけだった。3人になったことでの不安は、なかった。そこまで深く考えていなかった。

 

  ところがどっこい、DVDが届いて、最初に感じたのは三人になったことへの不安だった。ちょうど、直前に4人時代のカウコンを見ていて、4人のクオリティーを見せつけられていたから、正直、「3人」というのは少なすぎるのではないかと思った。だって、最初は6人もいたんだよ。それが、ジュニアもつけずにステージ上に三人だけ。派手なのが特徴のKAT-TUNコン。しかも、東京ドーム。人間が3人いるだけで埋め尽くせるステージじゃないんじゃないか。パッケージを開ける、少しの間だけそんなことを考えていた。

 

 ディスクをいれると、All playを選んだ。4人になったときみたいに最初に挨拶が入ったらどうしようかと怯えていたが、そんなことなかった。海賊船をバックにいつか聞いたOVERTUREが流れる。そして、女王魂や惑星魂のときのように、ステージの真ん中には圧倒的オーラを放つ、KAT-TUNがいた。KAT-TUNKAT-TUNだった。事前の不安はこの時点で解消された。少なすぎることなんかない。かっこいいの塊だったKAT-TUNが、私の知るあの日のまま、そこにいた。

 

 細かいことを言うと、今回はフルパワーだったのが大きいと思った。もちろん、今まで手を抜いていたとか言いたいんじゃなくて、今までいれなかったところにも力をいれているように感じた。

 歌割りは単純計算で6人時代の倍だから、一人ひとりの努力しなければならない量が大きい。何よりお遊びが少なかった。

 亀梨くんといえば、よくわからないところで「Say!」と叫んで歌うのをやめてしまったり、ネバアゲで「彷徨うみんな~」という不思議な替え歌したりするのが恒例で、参加していれば楽しいんだけど、なんとなくもったいないと感じていた。歌えばいいのに、と。それも仕方がないんだろうなと思ってた。例えば赤西くんはよくフェイクをアレンジすることでライブ感をだしていたけれど、亀梨くんはそれほど歌が得意ってわけじゃないからしないだろうし、聖のようにラップをいじったりすることもできない。亀梨くんがライブ感を出すのに一番わかりやすくて手っ取り早い方法なんだと思ってた。でも、今回の10ksでは、歌の端々をアレンジすることでライブ感を出したり、ダンスをアレンジすることや小物の使い方で客席を盛り上げてた。すごいと思った。私の見ていない間にこの人に何が起きたんだろうと思った。*2

 上田くんは客席を積極的に盛り上げるイメージがなくて(特に不思議ちゃん時代)、今回かなり煽りをしていたことに驚いた。男らしくなった上田くんの叫びは、力強かった。かっこよかった。

 中丸くんは55万人愛のリクエスト~の時にはあんなにたどたどしいラップだったのに、どの曲だったかは忘れたが、聖のパートを引き継いでやっていたのにびっくりした。なんの違和感もなかった。ただただかっこいいKAT-TUNをここでも支えていた。

 三人とも変わっていた。成長していた。充電なんか、必要ないんじゃないかと思ってしまうほどに。

 

 かっこいいが続いた。MCまでノンストップかっこいい。かっこいいの過剰摂取で倒れそう。でも、MCまで一度も「欠けてる」ことを感じなかったのに、KAT-TUN自身の口から「四人から三人になって立ち位置が~」なんて話が聞けて、ちょっと納得した。私たちに違和感を感じさせないために、三人はきっと大きな違和感と戦っているんだと思った。あと、上田くんが田口(影)と肩を組んで、亀梨くんが赤西(影)と田中(影)と肩を組んだシーンで、「お前赤西くんがいたときも滅多に肩組んだりしてくれなかったじゃねえかよ」と思いっきりツッコミをいれた。でも萌えた。

 

 それから、田口くんの話を名前は出さずとも躊躇なくしていることに驚いた。聖と赤西くんの「不祥事」を前面に出した脱退に対し、円満退社だったからかもしれないけれど、三人がいくつもの谷を乗り越えたから、こんな風に明るく話せるのだと思った。

 

 そしてセトリが神だった。神だった。知ってた。最初のただひたすらかっこいい部分から過去に戻り、そしておふざけコーナーという流れは、どこにも堰きとめる部分がなくて、お手本のようなコンサートだと思った。つなぎのVTRも決して流れを邪魔するものじゃなかった。

 

 それから、がっつりのソロコーナーがなかったことや、ジュニアを入れなかったことも相まって、KAT-TUNを堪能できたという印象。これが今のKAT-TUNなのだと、そう強く思った。リアフェの「思い切りぶち破ろう」の始めの部分の亀梨くんに被せるフェイクは今まで通りなかったし、ドンチューのラップ部分はインストのみになっていた。TEN-Gは紫赤黄の三色だったし、最後に帰っていく扉は青紫ピンクにそれぞれ輝いていた。なかったことにしない。けれど、いまのKAT-TUNはこれなのだと、メッセージを感じた。

 

 そして、最後に、メンバー一人ひとりから感じたこと。

 まず、亀梨くんはKAT-TUNというグループが当初は6人組だったことに言及した。そして逡巡しながらも、感謝していると、言った。そう言えるようになるまで、どれだけの葛藤があっただろう。「KAT-TUNを好きな自分でいなければならない」「そう思わせてくれたのは」「一緒に仕事をしてくださった人たちと」「皆さんでした」と口にしたこの人がKAT-TUNを好きでい続けることがどれほど苦しいものだったことか。結成以来一度もファンの前で涙を流したことのない亀梨和也の強さを感じた。亀梨和也であることの辛さを感じた。KAT-TUNのエースとしてセンターとして亀梨和也として、「すべて背負う」という生き方は、どれだけしんどかっただろう。

 

 中丸くんは涙を流しながらも、2人にハグを求めた。それは、今のKAT-TUNの形を確認するようでもあった。中丸くん自身が、足りない田口くんの影を口にしながらも、今のKAT-TUNの形を噛み締めていた。充電という結果に不満を表しつつも、それをネタにしてしまう強さを持っていた。赤西くんとも聖とも田口くんとも良好な関係を築いていた彼が、最年長である彼が、メンバーの潤滑油だった彼が、3人という数字を噛み締めて、そして前を向く瞬間。東京ドーム。現在日本で最大で、そして最高のステージ。今のKAT-TUNを噛み締めて、そして一度それに終わりを告げた。最後にステージから消えたのは中丸くんだった。

 

 上田くんは腕に✖︎を刻んでいた。

 

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 「いつかまた会えたら もう一度仲間と呼んでくれますか‼︎!?」と言うビビの言葉に応えるルフィたちの✖︎よりはずいぶん大きかった。それでも、登場時からはっきり見えるあの印は、再会の約束としか思えなかった。このことについては後日詳しく書きたいと思うので、とりあえず置いておくにしても、3人の再会を力強く刻んだ印だった。KAT-TUNという船から一度、3人が離れるにしても、再び会えるのだと、それは強くなったときなのだと、そう刻まれているように感じた。KAT-TUNという船からメンバーだけでなくファンも降りてしまったことを、上田くんは知っていた。それでも、成長を誓い、そしてファンにも、共闘を求めた。

 

 KAT-TUNは力強く、三人のKAT-TUNだけで、最後まで東京ドーム全体を魅了した。あまりにその光が力強いから、なぜ、充電期間なんて必要なんだろう、と思ってしまう。けれど、きっとそれは必要な期間なのだろう、と1mmも欠けたところのないこのDVDを見て思った。彼らの光は力強いものではあったけれど、今まで傷つけ傷つけられた痛みを光に変えたものだった。でもそれは長く続くものではない。それは刹那の輝きで、とても美しいものだけれど、決してこれからのKAT-TUNの永続的な成長と存続を約束してくれない。だから、個人がもっと今まで以上に力をつけなければならない。そのようなKAT-TUNのこれからを見据え、充電期間が設定されたんだと思った。だから、きっと、いえ、絶対、KAT-TUNは帰ってくる。それも、これからの、半永久的な輝きと共に。三人ともが力をつけて。

 

 以上がKAT-TUN 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR “10Ks”を見た私の取り急ぎの感想です。随分ポエマーですね。勢いでしかないんで誤字脱字許してください。もう自担ではなくなってしまっていて、最近のKAT-TUN事情には詳しくなかったんで、いろいろ情報が間違っていたら教えてください……。また担当戻りたいとか思っちゃうほど素敵なDVDだったんで、みなさん買いましょう……。

 

 

 

 

 

 

スズキアイコ/2016.8.19

*1:私がKAT-TUNをおっかけてたのは大体2011~2014あたり。ちなみに好きなコンサートは惑星魂と海賊帆

*2:私は亀梨担だったので、亀梨くんの話が多くなってしまうことを許してほしい。

#お前らジャニーズの最初の推し誰だよ を集計してみた

鉄は熱いうちに打てと口の中で繰り返しながら、「#お前らジャニーズの最初の推し誰だよ」タグの集計しました。全然もう熱くねえよ。しらけるわ〜〜。


でも結構頑張ったので、ブログあげさせてください!!!読まなくてもいいから!!自己満だから!!!
あと、集計の途中で用事があって抜けたら、twitter検索エンジンだと全件ひっかからなくなってたし、ちょっと数が多すぎて心が折れたので、6/1 10:56〜17:38という中途半端な時間のみとなりました。また、何人も挙げている方は、最初にハマったと明記している一人か、そこに挙げられている全員をカウントしています。グループ名のみを書かれている方は残念ながら今回はカウントしていません。
 
よって、集計をお伝えする前に、次のようなデータの偏りがあることか考えられることを書いておきます。
・お仕事をされている方の多くはTwitterできない時間だと思うので、おそらく学生と主婦の方が多いと思います。
・あとで検索をかけたらタグが正しく使えず、ヒットしていない方も結構いらしたので、ある程度ネットに精通している方が多いかもしれません。
・このようなタグは好みが別れるところでもあるので、タグに肯定的な方のデータが多いことが想定されます。
・書き終わってから気づいたんですけど、私の知る範囲でしかコメントできないので、1997年度生まれの戯言です。主観でしかないので許してください。またすべてのコメントは愛でしかないので、何らかを損なう意図はありません。
・また、今回の集計の意図は、優劣をつけることではなく、個人的な興味でなされたものであることをご理解ください。この順位が高いから人気、低いから人気がない、といった類のものではありません。
以上のことを踏まえて、以下のデータをご覧くださいませ。
 
 
 
・1位 櫻井翔 125人
まぁそうだよね!!納得。
小学生の頃、「嵐で誰派??」という議題は常にあったわけですが、翔くん派が一番多かったのを、身を以て感じておりました。
バーーッとタグに目を通した時に、「山田太郎ものがたり」(2007)から、という方を散見しました。やまたろは再放送も多かったし、納得の出自(?)ですね。
当時の(小学生の)雰囲気としては、「花より男子」(2005.2007.2009)が、見てない人いないんじゃないかレベルで流行り、嵐がガーーッてきたものの、松潤は道明寺の俺様イメージがあまりに強くついてしまって、「性格悪そう」という風評被害を被って、その層がやまたろの翔くんに流れたのかな、と個人的には感じました。(松潤さんのコレに関しては風評被害すぎて当時の小学生を代表して謝罪したい)
その点やまたろの翔くんはなかなかに爽やかだったし、好きって言いやすかったんじゃないかと思います。
あとは、ドラマだけでなく、当時の「嵐の宿題くん」「ひみつの嵐ちゃん」「VS嵐(まだ昼にやってた!!!!)」で仕切ってたこともポイント高かったんじゃないかと思います。しゃべる回数が多ければ、覚えやすいし。インテリ翔くんのリアルモテ感たるや。
 
・2位 松本潤 94人
こちらも嵐。
どっからどう考えても花男きっかけだと思ってたんですが、「ごくせん」出の方も結構見かけました。
花男は社会現象だったので、説明はいらないかと。いつだかの少クラプレミアムで潤くんが花男を嵐の転機の一つに挙げてましたが、本当にその通りだと思います。
あの頃の世界は道明寺司を中心に回っていた……。
あと、本当に個人的な話で申し訳ないんですが、ニノ担の母は「最近の柔らかい雰囲気の潤くん好き!!!!担降りしそう!!」と叫んでおります。確かにここ二、三年かな、潤くんの棘みたいなものが柔らかくなった感じがします。輪郭がが黒くて削り取るような線から、茶色でふわっと触れるような線に変わった感じ。わかりにくい。個人的にはトゲトゲしい2000年代前半の潤くんも好きなんですけど、今はいい感じに年を重ねてる感じがして、潤くんはきっと大人になるんだろうなと思います。
 
・3位 二宮和也 65人
またまた嵐。ベスト3全て嵐。嵐はやっぱ強いなぁ。
こちらはいつからか明記している方をあんまり見なかったので、よくわかりませんが、きっと「山田太郎ものがたり」あたりなんだと思います。(適当)あのドラマの主題歌だった「Happiness」が未だに嵐の代表曲として扱われるように、あの頃のまだ青い爽やかさが嵐の大きな強みなんじゃないかと思うし、それを引っ張り出したのはあの陰鬱とした二宮さん(偏見)なのかもしれません。
あと、ニノは身近な感じがちょっとだけする。いるわけないんだけど、わかってるんだけど、隣のアパートでフリーターしてるゲーマー感。
ところがどっこい、ジャニーズで唯一のハリウッド俳優であり、演技力が高く評価されている、だけではなくて、一人でもファンが心配せずともバラエティにガンガン出られるというトーク力。出来杉くんかよ。
そして、ニノは、客観的なアイドルだと思います。すごく。
彼の語るアイドル像は、ハッと胸をつく。
二宮さんが「アイドル」という仕事に真剣に取り組み、それゆえに愛される。
こんなにシンプルなことないんじゃないかなと思う。
こんなにべた褒めする予定なかったのに……。
 
・4位 大野智 50人
また嵐かよ!!!と言わないでください。今のSNS世代の声を真剣に受け止めてください……。
大ちゃんの新規ホイホイの原因を考えてみると、「魔王」とかが時期的には合ってるのかなぁとか思いつつ、ちょっと違うような気もする。
ファンはタレントに似ると言われますが、大ちゃんファンにはそのタイプが多いようなイメージがあります。一風変わった芸術家肌、とでも言いましょうか、少なくとも2008年の小学生にはそんな大ちゃんファンが多かったよ。
だから、このドラマではまった!!というよりは、嵐の番組なんかを見てて、なんとなく目に留まって、というはまり方なんじゃないかなと思います。イメージ。あくまでイメージ。
大ちゃんは歌もダンスもうまいし、それでいて話を聞いていないおとぼけさんなところのギャップがアイドル感あってたまんないです。
決して自己主張が強い方ではない、だからこそ今の時代と融合できる嵐の形態を形作ったのは、もしかするとリーダーである大野くんなのかもしれません。
 
・4位 亀梨和也 50人
大野くんと同率4位でございます。初の嵐以外でのランクイン。
やっぱり「ごくせん2」と「野ブタ。をプロデュース」の力は強かったのかなと思います。
KAT-TUNはそれ自体が社会現象みたいなところがあったし、特に亀梨・赤西はズバ抜けた人気を誇ったイメージがあります。2005年頭に「ごくせん2」夏は「金田一少年の事件簿」、ツアー、秋に「野ブタ。をプロデュース」。年を明けて2006年ミリオンセラーでデビュー、夏には月9に24HTV、秋にはやっぱりまたドラマ。こんな新人いる?!?!やっぱりKAT-TUNは社会現象であり、これ以上完成されてデビューするグループはなかなかないんじゃないかなと思います。
当時はものすごく悪いイメージで使われた「ごく出は永遠の新規」という言葉も、今ではその社会現象性を象徴する言葉となっていると思います。
「修二派?彰派?」「隼人派?竜派?」というのも再放送の度に議題にあがっていたように思います。ごくせんが2度と再放送されないことに関しては一生恨むよ赤西くん。
あと個人的には、「ごく出」の中で赤西くんより亀梨くんが上位にランクインしたのは、当時赤西くんに落ちた人より、亀梨くんに落ちた人の方がジャニオタ長続きしているんじゃないかなと思います。なんというか、赤西くんはジャニーズらしくないから好きだった人が、相当数いる気がする。そもそも赤西くんもうジャニーズじゃないしね。
 
・6位 山田涼介 44人
お姉さん目を逸らさなーい!!!若い子の声を聞くーー!!いやはや若い。山田くんが最初の推しっていう人がもうたくさんいるんですね。
というわけで山田涼介くん、平成生まれで初のランクインです。さすが。さすがのセンター。
と、言いながらもHey!Say!JUMP!って2007デビューだから、KAT-TUNと1年しか変わらないんですよね。それでもあれだけちっこかった山田くんがこんなに多くの姉様方を落としてきたということに驚きを隠せません……。
チラチラと見ていたところ、「探偵学園Q」あたりが出身の人が多かった気がします。私の友人もそこから山田くんにはまった人が数人……。(どちらかというと)ショタに属していた山田くんが、いつの間にかあんなに綺麗な男の人になっていたわけですが、そのどちらもがアイドルとして際立っているからこそ、人の目を惹くのだと思います。
ごめん私友人(山田担)からの又聞きでしか山田くんのこと知らないんだ……。スク革の山田くん面白いし見せてもらったDVDくそほどかっこよかったし、ちゃんと勉強してみたいです!!
 
・7位 相葉雅紀 32人
これで嵐コンプリーート!!!何を隠そう、小学生で流行った「嵐で誰が好き」論争で、私は相葉ちゃん推しでした!!!!背高くて笑顔がキュート!!!リア恋以外の何者でもない!!!!!!
相葉ちゃんだと、何が新規ホイホイだったかな〜と考えてみたんですが……個人的にはバーテンダーマイガールも可愛らしくて好きだったんですけど、確かゴールデンじゃなかったのよね。
こちらも大ちゃん同様、みんな同じ出自ではなく、嵐の番組や志村どうぶつ園での天然の可愛らしさや、歌番組での長い手足を活かしたダンスなんかにやられた人が多かったんじゃないかと思います。
あの日、「『トップになりたい』っていう夢、絶対に叶えようね」という名言を生み出した相葉ちゃんの素直で綺麗な涙が、今の嵐に生きているように思えてなりません。エモい。
 
・8位 山下智久 31人
美形の代名詞こと山Pです。
ジュニアの頃から「4tops」とかで圧倒的な人気を集めた山P。先ほど亀梨くんで触れた「修二と彰」で謎の友情出演、その後に「クロサギ」でソロデビューを果たし、ソロとしては異例の売り上げを生みました。月9ドラマ「ブザービート」はめちゃめちゃ流行ったし、ジャニーズの王道イケメン街道を歩んだ人でもあります。NEWSにいた頃は不動のセンターとして君臨し、ソロになってからもその顔面の美しさは変わりません……。
個人的に、時代のイケメンを一人選ぶとしたら、この人なんではないかなと思います。
しっかし、小さい頃の天使な山Pが、何も変わらず美しいままいつの間にかもう30過ぎてるなんて……。
 
・9位 赤西仁 27人
この人に関しては何を書いても怒られそうですが……。
でも、「ごくせん2」「anego」で亀梨くんと人気を二分し、今のKAT-TUNを作り上げたという面では、やっぱりズバ抜けていたということに間違いはないと思います。
よくバラエティなんかで「怒られてた人が抜けていった」って現メンバーが暴露(?)してますが、それが業界の不評を買ったにしろ、世間で、「不良」というイメージの一風変わったアイドルの地位を確立できたのは確かで、そこは評価してもいいのではないかなぁと個人的には思います。
あと、先日サークルの先輩(男)と話していた時に、KAT-TUNの話になって(何してるんだ私)、「男でも赤西は好きって言いやすかった」と言っていました。「やっぱりアイドルはかわいい男のイメージがあるけど、赤西はかっこいい感じがしたから」とのことです。車エビのことをカーシュリンプって言っちゃうあたりすごいかわいい人だったと思うんですけど、世間のイメージ的には「かっこいい」が勝って、そこで新たなファン層を呼び込むのに成功したのかなと思います。
 
・10位 香取慎吾 26人
無駄に「わかる〜〜」って言いながら集計してました。香取さんに関しては、(世代的に)担当としてというよりも、テレビの初恋の人って感じ。幼稚園児の言う「やさしい人が好き〜」ってやつだ。香取さんが幼稚園児の言うようなタイプの人かどうかはともかく、慎吾ママ含め、笑顔が可愛くて小さい子でも親しみを持てるのかなと思います。なんてったって、天下のSMAPだしね!!幼稚園児が最初に覚えるジャニーズソングって、「世界に一つだけの花」か「WAになっておどろう」かの2択じゃね??え??世代??
 
以下、数だけ示しておきます。
11位 堂本光一 25人
 
12位 木村拓哉 22人
 
13位 堂本剛 18人
 
 
 
19位 錦戸亮 知念侑李 12人
 
21位 増田貴久 11人
 
 
27位 大倉忠義 9人
 
28位 手越祐也 8人
 
 
35位 稲垣吾郎 井ノ原快彦 安田章大 田中聖 中島裕翔 中島健人 中山優馬 6人
 
 
 
52位 城島茂 草野博紀 小山慶一郎 伊野尾慧 高木雄也 横尾渉 菊池風磨 大阪俊介 風間くん 3人
 
 
 
 
正直知らない人もいた!!!勉強不足!!!!そして最後の方ガス切れしました!!!順位のミスや誤字があったらおしらせくださいませ……。
 
スズキアイコ
2016年6月7日
 
*追記:堂本光一さん、八乙女光さん、宮田俊哉を入れ忘れていたので追加しました。また諸星和己さんの数値が間違っていたので修正しました。