来る日も来る日も

好きなことを好きと言ってみたくなった。

秋元康とつんく♂――アイドルの孤独とパフォーマンスと物語

 最近女性アイドルにはまっていました。

 守備範囲は基本的に乃木坂なんですが、48Gや欅、ハロプロにも興味がありまして。

 その結果、なんとなくもった秋元康さんとつんく♂さん(以下敬称略)の印象を書き留めておきたいと思います。初心者の戯言だから怒らないでね。

 

 秋元康AKB48以来プロデュースしているのは、大人数グループ。AKBのキャッチフレーズが「会いに行けるアイドル」だったことに代表されるように、身近なアイドルがテーマだったみたい。CDについている握手券や総選挙といった手法が当時真新しくて大流行。最盛期の神7は、卒業後も各界で活躍していたりする。一方で、AKBに入れたとて、名前をほぼ残せずに消えていく子も多い。それからよく語られる短所として、踊りや歌が比較的不得意な子が多い。これは、清楚系で人気のでた46グループもほぼ同じ。逆に言うと、歌や踊りができなくても、顔がかわいければ、バラエティができれば、売れることができる。

 これに対するつんく♂プロデュースのハロプロあたり*1は、1グループの人数が一桁だったりと、かなり少ない。歌や踊りがうまいことで有名。大体みんなソロが歌えるし、フォーメーションダンスもすごいし、個人個人のダンスレベルが高い。ただ、秋元康プロデュースのグループに比べると、CD売り上げや知名度はかなり低い。知る人ぞ知る、玄人向けのアイドルみたいな印象。

 

 ところで、AKB最盛期によくCMの流れていたドキュメンタリーを私はよく思い出す。これもよく言われていることかもしれないが、秋元康のグループは、ストーリーを売っている。彼女たちには物語がある。“普通”の女の子が、何万という人間の瞳にさらされて、そのストレスで過呼吸になるシーンが、(意地悪な言い方をすると)切り売りされていた。

 AKB最盛期に神7と呼ばれた人々、とりわけその中でセンターとして立っていた前田敦子は、ミリオンセラーを得ると同時に、何千、何万という悪意にさらされていた。グループ内で競わされ、巨大なグループの中に、もし悪意が隠れていても、あるいは隠れてすらいなくても不思議ではない状況。

 だからこそ、彼女はアイドルだった。

 (わかりにくいけどちゃんと説明すると↓こんな感じです)

 これはジャニオタ時代からの私の持論だけれど、アイドルはどうやったって、孤独だ。だからこそ、仲良しこよしではなくとも、ジャニーズのグループの中には不思議な共犯関係のような絆が生まれるんだと思っていた。同級生と一緒に遊んでいたら絶対に勝ちあがれない。でも、グループの中だけでは、協力し合うことで生まれる魅力がある。だから、ジャニーズのアイドルは孤独だけど、決して独りじゃない。同じ境遇の人間がいる。

 これに対して、前田敦子は、AKBでただ独りのアイドルだった。少なくとも、独りに近かった。仲のいいメンバーはいただろう。でも、彼女と彼女以外では、グループの中で背負っているものが違ったはずだ。前田敦子は確かにAKBの顔だった。よくも悪くも。大島優子がセンターを代わったこともあった。曲によって別のメンバーがセンターに立つこともあった。でもいつなんどきも、AKBのセンターは、顔は、前田敦子だった。そういう意味で、彼女は孤高のアイドルだった。

 ということはつまり、AKBに存在したアイドルは、前田敦子だけということになる。彼女が卒業して、あの頃の神7が卒業して、もう随分な時間が過ぎたけれど、それでも、AKBの中にいる以上、前田敦子には勝てっこない。今でも、AKBの顔は前田敦子という偶像だ。AKBは前田敦子というアイドルを作り出すための機関だった。

 これは同じことが他のグループにも言える。乃木坂では生駒里奈が、欅坂では平手友梨奈が、そのグループの顔だ。秋元康のグループは各グループに一人のアイドルしか生むことができない。

  つんく♂のグループはこれと対照的な造りをしていると思う。どちらかというとジャニーズに近い。もちろん、つんく♂のグループにもセンターはいる。けれど、人数の少ないつんく♂のグループでは、誰も匿名になりえない。そして、順位もつかない。だから、背負うものがひとりひとり近くなり得る。例えば、モー娘。なんかを考えると、確かに道重さゆみはとびぬけた存在だったかもしれないけど、歴代のモー娘。を考えると、他にもとびぬけた存在はいたはずで、少なくとも誰が一番だったかという論争は起こりうる。道重さゆみモー娘。にとってのただ一人のアイドルではないということだ。だから、他のメンバーに近い位置にいた。少なくとも、前田敦子よりは。

 つまり、つんく♂のプロデュースでは、孤独のアイドルが集まってグループができる。普通の女の子が集まった中で孤独なアイドルが生まれる秋元康のグループとは、そういう面で対照的なわけだ。

 

 秋元康のグループはストーリーによってただ独りのアイドルを生み出す。だから、歌やダンスは本当のところ、飾りでしかない。ストーリーを彩る飾り。だから、秋元康の作る音楽も音楽である必要すらない。キャッチ―なメロディーにキャッチ―な言葉を乗せればいい。口ずさみやすければなおいいが、それはどんな音楽でもいい。誰もが一度聞けば口ずさめる単純さ。秋元康は音楽をプロデュースしているんじゃない。秋元康がプロデュースしてるのは、彼女たちの人生であり、物語だからだ。ある意味当たり前だけど。秋元康は作詞家であって作曲家じゃないし。秋元康のすごさは、彼の作る物語にこそあるのであって、音楽性をつんく♂と比べる必要性すら、本当はない。女優としてのアイドルは美人に越したことはないから、秋元康のプロデュースでは、きれいな人は多い。その方がファンもつくし、説得力も増す。ただ前田敦子に代表されるように、完璧な美人というよりはどこか欠けた個性的な美人が多いという特徴もある。

 それに対して、つんく♂のグループは、歌もダンスもレベルが高い必要があった。

 つんく♂のグループが売っているのはその物語じゃない。むろん、物語はある。人間が集まっている以上、物語はどうやったって生まれる。けれど、売り物はそれじゃない。つんく♂の書く音楽と、クオリティの高いダンスだ。だから、つんく♂のグループはわかりにくい。まずつんく♂の書く音楽がわかりにくい。キャッチ―ではあるけれど、つんく♂の音楽は、決して耳通りのいい付属品じゃない。だから、全員には好かれない。根本としてアイドルが好きな人にしか魅力が伝わらない。あと、物語で売っているわけじゃないので、アイドルは女優じゃないし、歌やダンスが重視されるから、顔面の美しさが軽視されがちな部分もある。だから、いっそう一般受けしないのかも。

 

 今の時代つんく♂のグループは売れにくい。もしかしたら、つんく♂のやり方の時代は終わったのかもしれない。他でもない、秋元康の手によって。

 

 文章がうまくないので、私のことを秋元康アンチだと思った人がいるかもしれないけれど、それは違う。むしろ、AKBも坂道も好きだ。だけど、それは彼女たちの物語が好きだっていう話でして。アイドルは音楽の時代から物語の時代に移ったのかもしれない。あれだけクオリティの高いダンスで魅せるPerfumeもドキュメンタリーを出しているし、物語を売ることは悪いころではないと思う。*2

 

 とりあえず今は、欅に変わりつつある時代の流れを楽しみつつ、ハロプロを学んでいきたい所存です。こんなに語っておきながら私全然ハロプロ詳しくないんだ。

 以上、ENGEIグランドスラムを見ながらお送りしました。

 

 2017年5月6日

 スズキアイコ

*1:この界隈の分類難しくない?

*2:ただ、本人たちへの精神的負担は大きくなりそうだけど

私家版 KAT-TUN・ONE PIECE論

タイトルに「私家版」とつけた通り、これは私の自己満足のためだけに書いた、KAT-TUNの中にONE PIECE的要素を見出す文章です。できるだけ論理に整合性をもたせるようにしましたが、こじつけめいたところもあります。個人の感想だと思って聞き流してください。

 

さて、前回の記事でも触れた、上田くんの10Ksでの腕の×が事の始まりです。

↓ 詳しくはこちら

jys123.hatenablog.com

登場した瞬間に「ビビ……アラバスタ……」となった私は妹(ONE PIECEを十周ほど読んでる)に意見を求めました。するとまず、「エースじゃない?」との返答をもらいました。全く想定してなかったので面食らったけど、言われてみれば、エースの腕のタトゥーにも×印はついている。

しかも、上田くん本人は、この傷メイクについて「海賊っぽいから」的なことを言ってたらしいので、まぁそっちの方がしっくりくるかもしれない。ONE PIECE好きな人でエース嫌いな人いないんじゃないかというレベルで人気キャラだし、特に上田くんは好きそう。

けれど、エースのタトゥーは二の腕のあたりとかなり腕の上部だし、他にも文字を刻んでいます。なんとなく、納得がいかない。

エースのタトゥーの真似なら、文字を入れる方がわかりやすい気がするし。いや、でも著作権の問題があるのか……?エースのタトゥーは名入りだし難しいのかな……?とむやみに悩んだりしました。答えはない。

が、その後妹に上田くんの傷メイクを見せると、「エース、ではないかな。ONE PIECEならアラバスタ編かなぁ」との返答を賜りました。我が意を得たり、とテンションの上がった私は今この記事を書くに至ったわけです。

だけど、こればっかりは、本人に聞いてみないとわからないし、実際ONE PIECEをモチーフにしているかわからないので何とも言えないというのが結論です。ので、そうだったら萌えるなぁ、ぐらいのテンションでお送りしてます。なんでも判断の基準は萌えるか萌えないかです。二択。

 

ここで、ONE PIECEを読んだことのない人のために軽く解説しておくと、私の言っているアラバスタ編は単行本18~23巻あたりで、一国の姫であるビビが、国の危機を救うために七武海っていうめちゃめちゃ強い海賊の一人であるクロコダイルと戦うのを、ルフィ*1たち麦わらの一味が手伝うお話です。

最初はビビを国に送り届けるという約束だったんですが、多くの困難を乗り越えて、ビビは麦わらの一味の仲間になります。しかし、辿り着いたビビの祖国で、ルフィたちはクロコダイルのせいで扇動された反乱軍と直面します。ビビとその祖国のため、彼らと戦い始めたルフィたちはとっても苦戦します。中でも、クロコダイルの部下が、他人になりすます能力をもっていたのが厄介でした。そのため、ルフィたちは腕に×を描いて、それを仲間の証としたのです。彼らは激闘の末、見事勝利を収め、国には平和が帰ってきました。しかし、一国の姫である以上、ビビは賞金首の海賊であるルフィたちと旅を続けるわけにはいきません。麦わらの一味が再び海にでるとき、ビビは城でスピーチをしていました。ルフィたちとした冒険について、自分の言葉で、自分の立場をわきまえて、語りました。だから、一緒には行けないと、ルフィたちに届くように言いました。そのスピーチの最後に、ビビは叫びました。「いつかまた会えたら!!!もう一度 仲間と呼んでくれますか!!!?」ルフィはそれに「もちろん」と答えたかったのですが、ビビが海賊の仲間だとばれたら、ビビの姫としての地位が危なくなります。だから、自分たちだけにわかるように、腕を天へと掲げました。×が刻まれた腕は、戦いの時に刻んだ、仲間の印でした。*2

 

とまぁ、長々と書きましたが、あらすじは(確か)こんな感じです。ちげーよ!ってツッコミもありそうですが、そこはかとないニュアンスだと思ってください。興味ある人は読みましょう。周りに全巻揃えている人、十人くらいいるはずだから。

 

上田くんがこれをモチーフにしているとしたら、次のパターンが思いつきます。

  • 亀梨くんと中丸くん、そしてファンと離れ離れになるこれからを想定し、離れている間も仲間だよ、と主張している。
  • 船を離れた人もいるけど、彼らも、今のメンバーもみんな仲間だよ、と主張している。

個人的には場面を考えると前者の方がしっくりくるけど、これに関しては受け取り方だな、と思います。

 

こんなに長々書いたって、上田くんがあれをモチーフにしているかなんてわかんないじゃんかあほ、とお思いの方もいるかもしれませんね。

そうなんです。上田くんがあれをモチーフにしているかわからないのに、わざわざ読み返したんです。アホです。

けれど、あの場面のあらすじまで長々と書いたのは、あの場面がKAT-TUNに絡んできたのは、実は今回が初めてではないからなのです。一応ちゃんと理由はあるんです。アホなりに。

というか確実にからんでいるのは、これから紹介する、亀梨くんのインタビューなのです。

だから、上田くんの傷メイクを見たときに、私はアラバスタ編の内容よりも早く、亀梨くんのインタビューを思い出したのでした……。

 

赤西がソロ活動をスタートさせた去年もスゲェ助けられた。バラバラになっちゃうんじゃないか、このままでいいのか悩んでいた時に響いたのが、ルフィたちとビビが別れるシーン。母国を救うためにルフィたち海賊と共に戦ってきた王女ビビは、ずっと一緒に旅を続けたいけど、国に戻り、使命を果たさなきゃならない。そして、ルフィたちも船を止めることはできない。KAT-TUNという"船"も、お互いの夢や目標のため、船に残るものと離れる者に分かれるけど、心は常につながっている。絆は変わらない、と思えたんです

以上は雑誌MORE 2011年4月号でONE PIECEの特集を組んだ回での亀梨くんのコメントの一部です。*3

 

心は常につながっている。絆は変わらない」という言葉は何を意味するのでしょう。

 

ONE PIECEの場合はこうです。

ルフィは海賊王になるという夢を、ゾロやナミやサンジやウソップ、チョッパーもそれぞれの夢を、そして、ビビは国とその将来を、背負っている。だから、そのときが来たら、別れて違う道を進まなきゃいけない。それは確かに、彼ら自身の意志で選ぶ道です。自ら船を離れることを選ばなければ、ずっと一緒にいられた。それでも別れを選んだ。

けれど、ビビと麦わらの一味が、それぞれ、一緒に旅を続けたかったという気持ちも決して嘘じゃない。

一緒に旅を続けたかった。だからって切り捨てることのできない夢や使命があるから、船を離れる。別々の道を歩いていく。

だから、別々の道を歩いていたって、仲間じゃなくなるわけじゃない。

 

いつかは必ず別れなければいけないと、最初からわかっていたビビたちとはKAT-TUNはもちろん違います。別れずにいられるのが一番いい。そんなことはわかっている。

色んな先輩方が言っているように、別れることを選ぶのは一番簡単だし、続けていくというのは難しいことです。わかりあえないことのある他人同士が一緒にやっていくということは難しいことで、だからこそそれを乗り越えてやっていくことに意味があるのです。

 

でも、それでも乗り越えることができずに、別れてしまったとき、その瞬間に彼らは仲間じゃなくなるんでしょうか。

それまで乗り越えてきた困難や、共にした楽しい時間は、意味をなさないものとして、消えてしまうんでしょうか。

今まで、仲間だから好きなんだと、もう家族よりずっと一緒にいるからね、と、そう言っていたのに、急に他人になってしまうんでしょうか。

 

きっと、そんなことはないと思います。亀梨くんの言葉を借りれば心は常につながっている。絆は変わらないのです。離れていたって、もう一緒に歩くことがなくたって、仲間であることは変わらない。

 

亀梨くんは2011年には、ビビと別々の道を歩くルフィたち、という観点で、5・1の関係性を描きました。だから、船を降りたのは赤西くんだけだったし、それを前提に話している。

でも今なら、また違った風にONE PIECEを読むでしょう。

充電期間の三人の絆を、あの場面に重ねて読むかもしれないし、あれから船を離れた二人のことも想起するかもしれない。

 

出ていった彼らを仲間と呼ぶのは抵抗があるかもしれません。KAT-TUNを捨てたと思う人もいるかもしれません。

でも、彼らはKAT-TUNのメンバーである前に、アイドルである前に、一人の人間です。ビビのように、それぞれにそれぞれの人生があり、それぞれの事情があります。

のっぴきならない事情でやめていった彼らは、KAT-TUNを嫌いになったわけでも、KAT-TUNと共に進みたくなかったわけでもない。

だから、別々の道を歩いているけれど、仲間じゃなくなったわけじゃない。「心は常につながっている。絆は変わらない」。それは、赤西くんだけじゃない。聖も田口くんも、そして今充電期間に入っている三人だって、常につながっている。

 

KAT-TUNという船を降りた者もいる。残った者も、今のままでは航海を続けられないから、離れ離れになる。それでも、仲間であることは変わらない。

 

 

上田くんの腕の×にときめいたのは、こんなことを考えたからなのでした。

上田くんと亀梨くんで、こんな話をしているところはちょっと想像できないんですけど、彼らの中で、ONE PIECEを通じて共有されている価値観というものがあるのなら、そんな萌えることはないな、と。

あの場面を上田くんが亀梨くんと全く同じように受け止めてKAT-TUNに重ね合わせてるとは思わないし、何なら上田くんはONE PIECEと仕事を重ねたりしなさそうだなとか考えてる*4んですけど、ONE PIECE読んでるたっち可愛くないですか!?!?

もしメンバーで漫画の話になって、「エースはかっこいいよなぁ」「おれはナミが好き」「おれはロビン派」なんて話してるところ想像すると、それだけで萌えません!?!?私は萌える!!!

そしてついでに、あの場面や、新世界に乗り出す前の空白の二年について、語り合っていたのなら、そんな最高なことないです。

実際、充電期間って聞いたとき、ONE PIECEか!ってツッコみましたからね。「二年後にシャボンディ諸島で」か!っていう。

かめにゃんのマメチクがナミのおっぱいみたいにおっきくなってたらどうしようとか、上田のたっちゃんがゾロみたいに隻眼になってたらどうしようとか、中丸のゆっちがフランキーみたいに坊主になってたらどうしようとか、不安はつきないです。

が!ONE PIECE同様、KAT-TUNは大きくなって帰ってくると思うので、充電完了の日がただただ待ち遠しいです。二年は長いので、そういうところはONE PIECEを真似しなくていいです。

 

そして、ここまで4000字以上書いてるんですけど、それでも中丸くんだけ登場回数が異様に少ないのは、中丸くんがONE PIECE読んでるか知らないからです!!!ごめんゆっち!!!確か読んでなかった???わかんねえ!!!まじごめん!!!!

 

*1:言わずと知れた主人公

*2:これが前回の記事の写真の場面

*3:この回最高なので、買ってない人は、地域の図書館に行けば案外簡単に読めるし、ぜひチェックしてほしい。頼むから切り抜きだけはしてくれるなよ

*4:冒頭と矛盾

11万の瞳を浴びるきみへ

 赤いペンライトの波に囲まれて、スポットライトを全身に受けて、それでもなお、彼らは彼ら自身の光を放っていた。それは、すべての力を使い切る直前の輝きだったのだろう。だからこそ、彼らには「充電」が必要だったのだ。

 

 最初に断っておくが、私は少なくともあの東京ドーム公演が行われた日には、KAT-TUN担ではなかった。だから見に行かなかった。というかファンクラブも抜けて一年ほど経っていたから、行きようがなかった。*1

 だから、今回DVDを買ったのは、セトリを見てものすごく好みだったからというだけだった。3人になったことでの不安は、なかった。そこまで深く考えていなかった。

 

  ところがどっこい、DVDが届いて、最初に感じたのは三人になったことへの不安だった。ちょうど、直前に4人時代のカウコンを見ていて、4人のクオリティーを見せつけられていたから、正直、「3人」というのは少なすぎるのではないかと思った。だって、最初は6人もいたんだよ。それが、ジュニアもつけずにステージ上に三人だけ。派手なのが特徴のKAT-TUNコン。しかも、東京ドーム。人間が3人いるだけで埋め尽くせるステージじゃないんじゃないか。パッケージを開ける、少しの間だけそんなことを考えていた。

 

 ディスクをいれると、All playを選んだ。4人になったときみたいに最初に挨拶が入ったらどうしようかと怯えていたが、そんなことなかった。海賊船をバックにいつか聞いたOVERTUREが流れる。そして、女王魂や惑星魂のときのように、ステージの真ん中には圧倒的オーラを放つ、KAT-TUNがいた。KAT-TUNKAT-TUNだった。事前の不安はこの時点で解消された。少なすぎることなんかない。かっこいいの塊だったKAT-TUNが、私の知るあの日のまま、そこにいた。

 

 細かいことを言うと、今回はフルパワーだったのが大きいと思った。もちろん、今まで手を抜いていたとか言いたいんじゃなくて、今までいれなかったところにも力をいれているように感じた。

 歌割りは単純計算で6人時代の倍だから、一人ひとりの努力しなければならない量が大きい。何よりお遊びが少なかった。

 亀梨くんといえば、よくわからないところで「Say!」と叫んで歌うのをやめてしまったり、ネバアゲで「彷徨うみんな~」という不思議な替え歌したりするのが恒例で、参加していれば楽しいんだけど、なんとなくもったいないと感じていた。歌えばいいのに、と。それも仕方がないんだろうなと思ってた。例えば赤西くんはよくフェイクをアレンジすることでライブ感をだしていたけれど、亀梨くんはそれほど歌が得意ってわけじゃないからしないだろうし、聖のようにラップをいじったりすることもできない。亀梨くんがライブ感を出すのに一番わかりやすくて手っ取り早い方法なんだと思ってた。でも、今回の10ksでは、歌の端々をアレンジすることでライブ感を出したり、ダンスをアレンジすることや小物の使い方で客席を盛り上げてた。すごいと思った。私の見ていない間にこの人に何が起きたんだろうと思った。*2

 上田くんは客席を積極的に盛り上げるイメージがなくて(特に不思議ちゃん時代)、今回かなり煽りをしていたことに驚いた。男らしくなった上田くんの叫びは、力強かった。かっこよかった。

 中丸くんは55万人愛のリクエスト~の時にはあんなにたどたどしいラップだったのに、どの曲だったかは忘れたが、聖のパートを引き継いでやっていたのにびっくりした。なんの違和感もなかった。ただただかっこいいKAT-TUNをここでも支えていた。

 三人とも変わっていた。成長していた。充電なんか、必要ないんじゃないかと思ってしまうほどに。

 

 かっこいいが続いた。MCまでノンストップかっこいい。かっこいいの過剰摂取で倒れそう。でも、MCまで一度も「欠けてる」ことを感じなかったのに、KAT-TUN自身の口から「四人から三人になって立ち位置が~」なんて話が聞けて、ちょっと納得した。私たちに違和感を感じさせないために、三人はきっと大きな違和感と戦っているんだと思った。あと、上田くんが田口(影)と肩を組んで、亀梨くんが赤西(影)と田中(影)と肩を組んだシーンで、「お前赤西くんがいたときも滅多に肩組んだりしてくれなかったじゃねえかよ」と思いっきりツッコミをいれた。でも萌えた。

 

 それから、田口くんの話を名前は出さずとも躊躇なくしていることに驚いた。聖と赤西くんの「不祥事」を前面に出した脱退に対し、円満退社だったからかもしれないけれど、三人がいくつもの谷を乗り越えたから、こんな風に明るく話せるのだと思った。

 

 そしてセトリが神だった。神だった。知ってた。最初のただひたすらかっこいい部分から過去に戻り、そしておふざけコーナーという流れは、どこにも堰きとめる部分がなくて、お手本のようなコンサートだと思った。つなぎのVTRも決して流れを邪魔するものじゃなかった。

 

 それから、がっつりのソロコーナーがなかったことや、ジュニアを入れなかったことも相まって、KAT-TUNを堪能できたという印象。これが今のKAT-TUNなのだと、そう強く思った。リアフェの「思い切りぶち破ろう」の始めの部分の亀梨くんに被せるフェイクは今まで通りなかったし、ドンチューのラップ部分はインストのみになっていた。TEN-Gは紫赤黄の三色だったし、最後に帰っていく扉は青紫ピンクにそれぞれ輝いていた。なかったことにしない。けれど、いまのKAT-TUNはこれなのだと、メッセージを感じた。

 

 そして、最後に、メンバー一人ひとりから感じたこと。

 まず、亀梨くんはKAT-TUNというグループが当初は6人組だったことに言及した。そして逡巡しながらも、感謝していると、言った。そう言えるようになるまで、どれだけの葛藤があっただろう。「KAT-TUNを好きな自分でいなければならない」「そう思わせてくれたのは」「一緒に仕事をしてくださった人たちと」「皆さんでした」と口にしたこの人がKAT-TUNを好きでい続けることがどれほど苦しいものだったことか。結成以来一度もファンの前で涙を流したことのない亀梨和也の強さを感じた。亀梨和也であることの辛さを感じた。KAT-TUNのエースとしてセンターとして亀梨和也として、「すべて背負う」という生き方は、どれだけしんどかっただろう。

 

 中丸くんは涙を流しながらも、2人にハグを求めた。それは、今のKAT-TUNの形を確認するようでもあった。中丸くん自身が、足りない田口くんの影を口にしながらも、今のKAT-TUNの形を噛み締めていた。充電という結果に不満を表しつつも、それをネタにしてしまう強さを持っていた。赤西くんとも聖とも田口くんとも良好な関係を築いていた彼が、最年長である彼が、メンバーの潤滑油だった彼が、3人という数字を噛み締めて、そして前を向く瞬間。東京ドーム。現在日本で最大で、そして最高のステージ。今のKAT-TUNを噛み締めて、そして一度それに終わりを告げた。最後にステージから消えたのは中丸くんだった。

 

 上田くんは腕に✖︎を刻んでいた。

 

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 「いつかまた会えたら もう一度仲間と呼んでくれますか‼︎!?」と言うビビの言葉に応えるルフィたちの✖︎よりはずいぶん大きかった。それでも、登場時からはっきり見えるあの印は、再会の約束としか思えなかった。このことについては後日詳しく書きたいと思うので、とりあえず置いておくにしても、3人の再会を力強く刻んだ印だった。KAT-TUNという船から一度、3人が離れるにしても、再び会えるのだと、それは強くなったときなのだと、そう刻まれているように感じた。KAT-TUNという船からメンバーだけでなくファンも降りてしまったことを、上田くんは知っていた。それでも、成長を誓い、そしてファンにも、共闘を求めた。

 

 KAT-TUNは力強く、三人のKAT-TUNだけで、最後まで東京ドーム全体を魅了した。あまりにその光が力強いから、なぜ、充電期間なんて必要なんだろう、と思ってしまう。けれど、きっとそれは必要な期間なのだろう、と1mmも欠けたところのないこのDVDを見て思った。彼らの光は力強いものではあったけれど、今まで傷つけ傷つけられた痛みを光に変えたものだった。でもそれは長く続くものではない。それは刹那の輝きで、とても美しいものだけれど、決してこれからのKAT-TUNの永続的な成長と存続を約束してくれない。だから、個人がもっと今まで以上に力をつけなければならない。そのようなKAT-TUNのこれからを見据え、充電期間が設定されたんだと思った。だから、きっと、いえ、絶対、KAT-TUNは帰ってくる。それも、これからの、半永久的な輝きと共に。三人ともが力をつけて。

 

 以上がKAT-TUN 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR “10Ks”を見た私の取り急ぎの感想です。随分ポエマーですね。勢いでしかないんで誤字脱字許してください。もう自担ではなくなってしまっていて、最近のKAT-TUN事情には詳しくなかったんで、いろいろ情報が間違っていたら教えてください……。また担当戻りたいとか思っちゃうほど素敵なDVDだったんで、みなさん買いましょう……。

 

 

 

 

 

 

スズキアイコ/2016.8.19

*1:私がKAT-TUNをおっかけてたのは大体2011~2014あたり。ちなみに好きなコンサートは惑星魂と海賊帆

*2:私は亀梨担だったので、亀梨くんの話が多くなってしまうことを許してほしい。

#お前らジャニーズの最初の推し誰だよ を集計してみた

鉄は熱いうちに打てと口の中で繰り返しながら、「#お前らジャニーズの最初の推し誰だよ」タグの集計しました。全然もう熱くねえよ。しらけるわ〜〜。


でも結構頑張ったので、ブログあげさせてください!!!読まなくてもいいから!!自己満だから!!!
あと、集計の途中で用事があって抜けたら、twitter検索エンジンだと全件ひっかからなくなってたし、ちょっと数が多すぎて心が折れたので、6/1 10:56〜17:38という中途半端な時間のみとなりました。また、何人も挙げている方は、最初にハマったと明記している一人か、そこに挙げられている全員をカウントしています。グループ名のみを書かれている方は残念ながら今回はカウントしていません。
 
よって、集計をお伝えする前に、次のようなデータの偏りがあることか考えられることを書いておきます。
・お仕事をされている方の多くはTwitterできない時間だと思うので、おそらく学生と主婦の方が多いと思います。
・あとで検索をかけたらタグが正しく使えず、ヒットしていない方も結構いらしたので、ある程度ネットに精通している方が多いかもしれません。
・このようなタグは好みが別れるところでもあるので、タグに肯定的な方のデータが多いことが想定されます。
・書き終わってから気づいたんですけど、私の知る範囲でしかコメントできないので、1997年度生まれの戯言です。主観でしかないので許してください。またすべてのコメントは愛でしかないので、何らかを損なう意図はありません。
・また、今回の集計の意図は、優劣をつけることではなく、個人的な興味でなされたものであることをご理解ください。この順位が高いから人気、低いから人気がない、といった類のものではありません。
以上のことを踏まえて、以下のデータをご覧くださいませ。
 
 
 
・1位 櫻井翔 125人
まぁそうだよね!!納得。
小学生の頃、「嵐で誰派??」という議題は常にあったわけですが、翔くん派が一番多かったのを、身を以て感じておりました。
バーーッとタグに目を通した時に、「山田太郎ものがたり」(2007)から、という方を散見しました。やまたろは再放送も多かったし、納得の出自(?)ですね。
当時の(小学生の)雰囲気としては、「花より男子」(2005.2007.2009)が、見てない人いないんじゃないかレベルで流行り、嵐がガーーッてきたものの、松潤は道明寺の俺様イメージがあまりに強くついてしまって、「性格悪そう」という風評被害を被って、その層がやまたろの翔くんに流れたのかな、と個人的には感じました。(松潤さんのコレに関しては風評被害すぎて当時の小学生を代表して謝罪したい)
その点やまたろの翔くんはなかなかに爽やかだったし、好きって言いやすかったんじゃないかと思います。
あとは、ドラマだけでなく、当時の「嵐の宿題くん」「ひみつの嵐ちゃん」「VS嵐(まだ昼にやってた!!!!)」で仕切ってたこともポイント高かったんじゃないかと思います。しゃべる回数が多ければ、覚えやすいし。インテリ翔くんのリアルモテ感たるや。
 
・2位 松本潤 94人
こちらも嵐。
どっからどう考えても花男きっかけだと思ってたんですが、「ごくせん」出の方も結構見かけました。
花男は社会現象だったので、説明はいらないかと。いつだかの少クラプレミアムで潤くんが花男を嵐の転機の一つに挙げてましたが、本当にその通りだと思います。
あの頃の世界は道明寺司を中心に回っていた……。
あと、本当に個人的な話で申し訳ないんですが、ニノ担の母は「最近の柔らかい雰囲気の潤くん好き!!!!担降りしそう!!」と叫んでおります。確かにここ二、三年かな、潤くんの棘みたいなものが柔らかくなった感じがします。輪郭がが黒くて削り取るような線から、茶色でふわっと触れるような線に変わった感じ。わかりにくい。個人的にはトゲトゲしい2000年代前半の潤くんも好きなんですけど、今はいい感じに年を重ねてる感じがして、潤くんはきっと大人になるんだろうなと思います。
 
・3位 二宮和也 65人
またまた嵐。ベスト3全て嵐。嵐はやっぱ強いなぁ。
こちらはいつからか明記している方をあんまり見なかったので、よくわかりませんが、きっと「山田太郎ものがたり」あたりなんだと思います。(適当)あのドラマの主題歌だった「Happiness」が未だに嵐の代表曲として扱われるように、あの頃のまだ青い爽やかさが嵐の大きな強みなんじゃないかと思うし、それを引っ張り出したのはあの陰鬱とした二宮さん(偏見)なのかもしれません。
あと、ニノは身近な感じがちょっとだけする。いるわけないんだけど、わかってるんだけど、隣のアパートでフリーターしてるゲーマー感。
ところがどっこい、ジャニーズで唯一のハリウッド俳優であり、演技力が高く評価されている、だけではなくて、一人でもファンが心配せずともバラエティにガンガン出られるというトーク力。出来杉くんかよ。
そして、ニノは、客観的なアイドルだと思います。すごく。
彼の語るアイドル像は、ハッと胸をつく。
二宮さんが「アイドル」という仕事に真剣に取り組み、それゆえに愛される。
こんなにシンプルなことないんじゃないかなと思う。
こんなにべた褒めする予定なかったのに……。
 
・4位 大野智 50人
また嵐かよ!!!と言わないでください。今のSNS世代の声を真剣に受け止めてください……。
大ちゃんの新規ホイホイの原因を考えてみると、「魔王」とかが時期的には合ってるのかなぁとか思いつつ、ちょっと違うような気もする。
ファンはタレントに似ると言われますが、大ちゃんファンにはそのタイプが多いようなイメージがあります。一風変わった芸術家肌、とでも言いましょうか、少なくとも2008年の小学生にはそんな大ちゃんファンが多かったよ。
だから、このドラマではまった!!というよりは、嵐の番組なんかを見てて、なんとなく目に留まって、というはまり方なんじゃないかなと思います。イメージ。あくまでイメージ。
大ちゃんは歌もダンスもうまいし、それでいて話を聞いていないおとぼけさんなところのギャップがアイドル感あってたまんないです。
決して自己主張が強い方ではない、だからこそ今の時代と融合できる嵐の形態を形作ったのは、もしかするとリーダーである大野くんなのかもしれません。
 
・4位 亀梨和也 50人
大野くんと同率4位でございます。初の嵐以外でのランクイン。
やっぱり「ごくせん2」と「野ブタ。をプロデュース」の力は強かったのかなと思います。
KAT-TUNはそれ自体が社会現象みたいなところがあったし、特に亀梨・赤西はズバ抜けた人気を誇ったイメージがあります。2005年頭に「ごくせん2」夏は「金田一少年の事件簿」、ツアー、秋に「野ブタ。をプロデュース」。年を明けて2006年ミリオンセラーでデビュー、夏には月9に24HTV、秋にはやっぱりまたドラマ。こんな新人いる?!?!やっぱりKAT-TUNは社会現象であり、これ以上完成されてデビューするグループはなかなかないんじゃないかなと思います。
当時はものすごく悪いイメージで使われた「ごく出は永遠の新規」という言葉も、今ではその社会現象性を象徴する言葉となっていると思います。
「修二派?彰派?」「隼人派?竜派?」というのも再放送の度に議題にあがっていたように思います。ごくせんが2度と再放送されないことに関しては一生恨むよ赤西くん。
あと個人的には、「ごく出」の中で赤西くんより亀梨くんが上位にランクインしたのは、当時赤西くんに落ちた人より、亀梨くんに落ちた人の方がジャニオタ長続きしているんじゃないかなと思います。なんというか、赤西くんはジャニーズらしくないから好きだった人が、相当数いる気がする。そもそも赤西くんもうジャニーズじゃないしね。
 
・6位 山田涼介 44人
お姉さん目を逸らさなーい!!!若い子の声を聞くーー!!いやはや若い。山田くんが最初の推しっていう人がもうたくさんいるんですね。
というわけで山田涼介くん、平成生まれで初のランクインです。さすが。さすがのセンター。
と、言いながらもHey!Say!JUMP!って2007デビューだから、KAT-TUNと1年しか変わらないんですよね。それでもあれだけちっこかった山田くんがこんなに多くの姉様方を落としてきたということに驚きを隠せません……。
チラチラと見ていたところ、「探偵学園Q」あたりが出身の人が多かった気がします。私の友人もそこから山田くんにはまった人が数人……。(どちらかというと)ショタに属していた山田くんが、いつの間にかあんなに綺麗な男の人になっていたわけですが、そのどちらもがアイドルとして際立っているからこそ、人の目を惹くのだと思います。
ごめん私友人(山田担)からの又聞きでしか山田くんのこと知らないんだ……。スク革の山田くん面白いし見せてもらったDVDくそほどかっこよかったし、ちゃんと勉強してみたいです!!
 
・7位 相葉雅紀 32人
これで嵐コンプリーート!!!何を隠そう、小学生で流行った「嵐で誰が好き」論争で、私は相葉ちゃん推しでした!!!!背高くて笑顔がキュート!!!リア恋以外の何者でもない!!!!!!
相葉ちゃんだと、何が新規ホイホイだったかな〜と考えてみたんですが……個人的にはバーテンダーマイガールも可愛らしくて好きだったんですけど、確かゴールデンじゃなかったのよね。
こちらも大ちゃん同様、みんな同じ出自ではなく、嵐の番組や志村どうぶつ園での天然の可愛らしさや、歌番組での長い手足を活かしたダンスなんかにやられた人が多かったんじゃないかと思います。
あの日、「『トップになりたい』っていう夢、絶対に叶えようね」という名言を生み出した相葉ちゃんの素直で綺麗な涙が、今の嵐に生きているように思えてなりません。エモい。
 
・8位 山下智久 31人
美形の代名詞こと山Pです。
ジュニアの頃から「4tops」とかで圧倒的な人気を集めた山P。先ほど亀梨くんで触れた「修二と彰」で謎の友情出演、その後に「クロサギ」でソロデビューを果たし、ソロとしては異例の売り上げを生みました。月9ドラマ「ブザービート」はめちゃめちゃ流行ったし、ジャニーズの王道イケメン街道を歩んだ人でもあります。NEWSにいた頃は不動のセンターとして君臨し、ソロになってからもその顔面の美しさは変わりません……。
個人的に、時代のイケメンを一人選ぶとしたら、この人なんではないかなと思います。
しっかし、小さい頃の天使な山Pが、何も変わらず美しいままいつの間にかもう30過ぎてるなんて……。
 
・9位 赤西仁 27人
この人に関しては何を書いても怒られそうですが……。
でも、「ごくせん2」「anego」で亀梨くんと人気を二分し、今のKAT-TUNを作り上げたという面では、やっぱりズバ抜けていたということに間違いはないと思います。
よくバラエティなんかで「怒られてた人が抜けていった」って現メンバーが暴露(?)してますが、それが業界の不評を買ったにしろ、世間で、「不良」というイメージの一風変わったアイドルの地位を確立できたのは確かで、そこは評価してもいいのではないかなぁと個人的には思います。
あと、先日サークルの先輩(男)と話していた時に、KAT-TUNの話になって(何してるんだ私)、「男でも赤西は好きって言いやすかった」と言っていました。「やっぱりアイドルはかわいい男のイメージがあるけど、赤西はかっこいい感じがしたから」とのことです。車エビのことをカーシュリンプって言っちゃうあたりすごいかわいい人だったと思うんですけど、世間のイメージ的には「かっこいい」が勝って、そこで新たなファン層を呼び込むのに成功したのかなと思います。
 
・10位 香取慎吾 26人
無駄に「わかる〜〜」って言いながら集計してました。香取さんに関しては、(世代的に)担当としてというよりも、テレビの初恋の人って感じ。幼稚園児の言う「やさしい人が好き〜」ってやつだ。香取さんが幼稚園児の言うようなタイプの人かどうかはともかく、慎吾ママ含め、笑顔が可愛くて小さい子でも親しみを持てるのかなと思います。なんてったって、天下のSMAPだしね!!幼稚園児が最初に覚えるジャニーズソングって、「世界に一つだけの花」か「WAになっておどろう」かの2択じゃね??え??世代??
 
以下、数だけ示しておきます。
11位 堂本光一 25人
 
12位 木村拓哉 22人
 
13位 堂本剛 18人
 
 
 
19位 錦戸亮 知念侑李 12人
 
21位 増田貴久 11人
 
 
27位 大倉忠義 9人
 
28位 手越祐也 8人
 
 
35位 稲垣吾郎 井ノ原快彦 安田章大 田中聖 中島裕翔 中島健人 中山優馬 6人
 
 
 
52位 城島茂 草野博紀 小山慶一郎 伊野尾慧 高木雄也 横尾渉 菊池風磨 大阪俊介 風間くん 3人
 
 
 
 
正直知らない人もいた!!!勉強不足!!!!そして最後の方ガス切れしました!!!順位のミスや誤字があったらおしらせくださいませ……。
 
スズキアイコ
2016年6月7日
 
*追記:堂本光一さん、八乙女光さん、宮田俊哉を入れ忘れていたので追加しました。また諸星和己さんの数値が間違っていたので修正しました。
 

フットボールアワー・後藤輝基という人

声が大きくて、たまに無神経なことを言う、よくテレビに出ている人。世間の後藤さんへのイメージはそんなもんじゃないだろうか。

かく言う私もそう思っていた。そして、そう考えていたら、間違いはないと思う。

 

けれど、私はこのイメージに、疑問をもってしまった。これから、その疑問の内容について説明するが、一つ覚えていてほしいのは、この文章のすべては、私の推測であって、世間のイメージが、圧倒的に正しいということだ。

芸能人がテレビを通じて私たちに与えるイメージこそが、すべてで、こんな素人の邪推は、読み飛ばしていただいて構わない。これは、ただの私の備忘録です。

 

さて、前置きはこれくらいにしておいて、さっさと本題に入ろうと思う。

 

まず、私が後藤さんに興味をもったきっかけについて、お話ししたい。

 

それは、ざっくりハイボール(新・ざっくりハイタッチ)*1という番組の「おしゃべり割烹小藪亭」というコーナーでのことだった。

小藪 後藤もでも、呑んだら、「お笑い理論」…

後藤 いやぁ、お笑い理論というのはないですけど、どっちかいうたら、もうね、反省するタイプなんです。だからこう、もう、家帰っても、もう1人で酒呑んで「ちっ、あぁ〜〜……」ってなるんすよ。で、溜まってる、ハードディスクの、自分でてるやつとか、見て、「うわ、もう最悪や」みたいな。もう、ずっと言うてますね。「うわうわうわ。もうあかんあかん」ほなもう、酒呑んでるから余計、ドキドキしてきて。「うわ……」ってまた立って、

千原 わかるわ〜…

後藤 で、ちょっと巻き戻して、「うわあかんあかんあかん」なんかそんなんやってるんすよ。

小藪 だってもう、ちゃんとした目見たことないというか。もうちょっと仕事増えてから、おれ後藤とパッと会うたら、もう、なんて言うんですか、昔の目じゃないというか。誰と喋るにも、もう、タレントの目を入れ込んで。

後藤 えぇ??

小藪 本心で、喋ってること一回もないと思いますよ

後藤 いや、そんなことないですよ。

小藪 それはだから、嘘ついてるとかじゃないよ。すべて、いつ何時も、タレントモード、芸人モードでおるから。見ててもう、なんかアンドロイドになったというか。

後藤 (笑)

小藪 おれは寂しさ感じてたよ。

後藤 いやいやいや、感情的ですよ!

小藪 いや、お前が、ガチで一回、一回もわろてへんと思う、東京きてから

千原 そうなんかお前。

小藪 ツッコミサイボーグや、お前みたいなやつわ!

後藤(笑)

千原 あーあ。

後藤 そんなこと、機械的にやってませんよ、感情的に常にやってますよ。

(中略)

小藪 後藤もサイボーグな感じでジュニアさんにツッコんだり、で、僕が言うたことに「カッカー」わろてるけど、全然目がわろてない。

 

この後藤さんと小藪さんのやりとりが、妙に胸につっかえたのだ。ジャニオタ考察厨の血が騒いだと言ってもいい。

確かに、後藤さんには死んだ魚の目を一本にして笑っていることが多い気がする。若い子に「私に興味がない」なんて冷たい司会者扱いされたこともある。

そんなネタのような話にもし、1%だけでも事実がブレンドされていたとしたら?

 

小藪さんと後藤さんの関係は知らないが、「東京きてから」「ちょっと仕事増えてから」「ちゃんとした目を見たことない」ということは、裏を返せば「東京にでてくる前はちゃんとした目をしていた」ということになる。その「ちゃんとした目」というのをしている後藤さんは、どんな人だったんだろう。私の知っている、あの目とは違ったんだろうか。

 

後藤さんの、わざとらしいまでのこってこての関西人というキャラクター(私の勝手なイメージ)は、「東京」に来てから作られたものなのだろうか。それとも、小藪さんの言う「タレントの目」はそういうものとはまた違った、何かなのだろうか。だとしたら、その「何か」ってなんだろう。

 

こんな微妙な疑問が私の中にしこりのように残った。

 

 

そして、この疑問は、案外早く解決できた。私の中では、ラジオ・「中川家のネコ電」*2フットボールアワーとしてゲストに呼ばれた回を聞いたことで処理することができた。

 

中川家 後藤な、別に一人でおっても、弾いてんのやろ?ギター。友達おるやんか、ギターの。

後藤 いや、僕、めっちゃ暗いヤツですやんか。

中川家 いやだって、もともと暗かったやんか。エレキグラム*3のときには、暗かったやんか。

後藤 いや僕正直に言いますけど、岩尾に負けへんほど暗いですから。

岩尾 ほんま、ほんまに暗いですからね。

 

これだ。こういうことか。

 

今、フット後藤と聞いて、「暗い芸人」と思う一般視聴者はそんなにいないだろう。むしろ、そのようなイメージは相方である岩尾さんの方が強く*4、後藤さんはそれを注意したり、からかったりしているイメージがある。

それが、どうだろう、十年ほど前には、先輩にも相方にも「暗い」ことを認められている。

このラジオでは、ようやく東京にでてきたことや、その引っ越しについて話している。ということは、ちょうど小藪さんの言う「東京にきてから」の直前と言えよう。

もしかして、この「暗い」頃の後藤さんが、小藪さんの言う「ちゃんとした目」の後藤さんなのだろうか。

そうだとしたら、なんで後藤さんは「ちゃんとした目」の自分を完全に捨てて、「いつ何時も芸人モード」の自分でいることを選んだのだろう。

何よりも疑問だったのは、もともと「暗い」人だったはずの後藤さんに、今、その影が全く見えないことだった。

本当に「暗い」人だったなら、なんで今の後藤さんのプライベートでそういう話を聞かないんだろう。収録中や仕事中のみ、明るい人を演じているというのならわかる。事実、そういう人の話はよくテレビで暴露されている。けれど、後藤さんは、プライベートが暗いなんて話、聞いたことがない(私が不勉強なだけかもしれないが)。むしろ、先輩芸人と飲みに行ったり、後輩を連れてアクティブに旅行に出かけたりしている印象が強い。それが嘘だとは思えないけれど、「暗い」人だった後藤さんとはどうにも結びつかない。

 

ということで、悶々と悩んでいた私に答えを与えてくれたのは、チュートリアルの徳井さんだった。徳井さんと後藤さんは、「徳井と後藤と芳しの指原が今夜くらべてみました」(火曜23:59~24:54/日テレ系)で共演しており、過去にはドリームマッチで漫才をしたこともある、ほぼ同期、といった関係だ。

以下は、脚本家の大宮エリーさんがustreamで配信している「スナックエリー」という番組に徳井さんがゲストとして出演した回*5の抜粋である。なお、編集の都合上、相槌や脱線した話など不要な部分は省いてある。

 

徳井 フットボールアワーっていま、後藤がツッコミで岩尾がボケやねんけど、もともとあいつ、別のやつと組んでて、もともとボケやねん。

そのコンビがあかんなあってなって、で、岩尾と組むってなったときに、後藤がツッコミになったんやけど、そっから……ツッコミって努力やねんな。

まぁ努力せなツッコミって……やっぱ上手くなんのはツッコミの人やねん。ボケの人はもともと持ってるもんで、ずっと行くけど。大体。後藤は…持ってるもんも、もちろん持ってるし、でもやっぱ、努力の人やな、あれは。

 

徳井 ツッコミとしての自分のスタンス作りというか、周りの人との人間関係の中でのスタンス作りとか。なんか誰かがなんやいうたら、その話を広げるのか、最終的にツッコむのか、まとめて返すのか、みたいなことを、日々努力してはんねん、やっぱ仕事場だけやなくて。

エリー へぇ〜。人間関係作りって、環境作りって、ツッコめる環境を作っとくの?

徳井 やっぱり……無茶苦茶マニアックな話やけど、ま、それはボケの人はボケの人であんねんけど、ツッコミの人やったら、漫才のネタの中でなんぼ「なんでやねん!」とかって言うてても、普段、が、ツッコミじゃなかったりすると、とか、普段がすごいど天然だったりすると、普段イジられるやん。んなら、普段イジられでる人が、いざ、逆に現場ではこいつ、ツッコんだりとか、なんか仕切ろうとしてきてるみたいになったときに、普段この人をみてるこの人(別の人)はすごい違和感があるねん。やっぱりツッコミの人で、仕切ろうと思ったら、普段から、ちゃんとしっかりしている人やないとあかんし。

やっぱりイジられ放題の人では、あかんねん。

そこをもし、もともとのその人がイジられるような人でも、ツッコミとしてちゃんとやろうと思ったら、普段からそうせなあかんねん。

でもそれって、すごく疲れるし、でもやっぱり、仕切ってツッコんで、ってちゃんとやってる人は、それやってる、普段から。

エリー もともとそういう人がなるんちゃうの?

徳井 もともとそういう人ってのもいるけど。うん。でもそれはやっぱり努力が必要や。テレビ以外での下地作りっていうのが。

だからそれってすごい労力かかるし、大変なことやと思うけど。だからやっぱり後藤はすごいねん。

と、まぁこういうことなのだ。これで私が見つけた答えのすべては説明がついているし、私がとやかく言うよりこれを読んでいただいた方がわかりやすいと思うのだが、とりあえず、私なりの考えを付け加えておく。

 

フットボールアワーはネタが評価されて、数々の賞レースを勝ち進み、2003年M-1グランプリで優勝を勝ち取るが、それ以降、「周りが引くほど」*6鳴かず飛ばずの毎日を送ることになる。今では笑い話となった、後藤さんが一人で青森のねぶた祭りの事前番組に出かけたのもこの時期で、岩尾さんのハゲ・ブスキャラだけではどうにもならないもどかしさを抱えていたことだろう。

そこで、どのような心境の変化があったのかはわからない。だが、「暗い」人だった後藤さんが、東京の芸人さんと新たに人間関係を築くことが必要だと考え、それを実践した。そのことに、たくさんのエネルギーが必要だったことは想像に難くない。そこまでして、人間関係を築いたとて、それはあくまで土台であり、それだけで売れるとは限らない。骨折り損のくたびれ儲けとなる可能性だって十分にあった。

しかし、それでも後藤さんは、「暗い」人であることを辞めた。そして、小藪さんの言うところの「タレントの目」を入れ込んだ。

これが意味することは、後藤さんが、「岩尾さんだけ」を対象とした漫才のツッコミだけではなく、「演者全員」を視野にいれた司会者のツッコミを手に入れようとし始めたということだ。

そうでなければ、徳井さんの言う、「周りの人との環境の中でのスタンス作り」は必要ない。「暗い」人であっても、何ら問題はない。

つまり、漫才師としてだけでなく、お笑いタレントとして、テレビに出続けるために、人間関係作りが必要だと判断し、そして、そのために「暗い」後藤輝基であることを辞め、今のようなスタンスへと舵をきったのではないだろうか。

 

それから、五年ほどだろうか、深夜番組などで、徐々に力をつけた後藤さんは、2011年、大ブレイクを果たし、「次世代No.1MC」なんて称号までもらってしまった。

つまり、「周りの人との環境の中でのスタンス作り」をコツコツと重ねていった結果、司会者としての地位を確立し、お笑いタレントとして成功することができたのだ。

徳井さんは、上で引用した番組の中で、「あいつ(後藤)はやっぱ腕あるから」「周りの芸人も言うし、視聴者の人も面白いなって言うし、スタッフも認めるし」とも述べている。それはきっと、周りの芸人さんや、スタッフさんとの人間関係の中でも、しっかりした人としてやっているから、誰にも違和感を与えずに、“面白い”“腕がある”司会者だと思わせることができるのではないか。

その代償として、小藪さんの言う「ちゃんとした目」を失った。だから、目ざとい人には、それがバレてしまうのかもしれない。

 

もちろん、今の後藤さんが無理してしっかりした人間を演じ、司会者になろうとしている、なんてことを言うつもりはない。

今の後藤さんがもし、「ちゃんとした目」をしてなかったとしても、「タレントの目」が自然体となってしまっているなら、きっと無理をしているわけではない。

つまり、「ちゃんとした目」を辞めて「タレントの目」を手に入れるのには、確かにたくさんの労力が必要だっただろう。そして、この文章ではその過程に焦点をあてた。けれど、だからといって、今も「タレントの目」をもって生きることに苦労しているとは限らない。

 

この文章が、後藤さんのキャラクターを損なう目的で書かれたわけではないことは、どうか理解してほしい。

ただ、私は、フットボールアワー後藤輝基という人が、どういう人なのか、知りたかっただけだ。だから、ここに書いたことは全部仮説だ。参考文献が(話を盛るだろう)芸人さんのラジオやテレビなど合わせて四つしかない、心もとないレポート(?)だ。

これが真実だとは思わないでほしい。この文章は、フットボールアワーに詳しいわけでも、お笑い好きでもなかった私が、ただ単に疑問に思ったことを調べ、その答えの一可能性を示しただけのものだ。

 

 

 

スズキアイコ/無断転載禁止

2016年5月8日

 

*1:テレビ東京/2012年3月18日放送

*2:2005年2月16日放送/TBSラジオなど

*3:後藤さんの前コンビ名

*4:「人見知り強い」in「ざっくりハイタッチ(旧・ざっくりハイボール)」など

*5:2012年10月24日配信

*6:M-1グランプリ復活記念 王者達の緊急サミット」 テレビ朝日系/2015年11月29日放送